東京共同会計事務所 企業インタビュー

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代表パートナー 内山 隆太郎 氏

不況や過当競争にさらされ、一時は年間売上も1兆円近くまで落ち込んでいた会計業界だが、近年は順調に回復し1兆4千万円をも突破した(総務省「サービス産業動向調査」より)。 しかし業界全体の堅調な成長の裏では個々の会計事務所の峻別は進んでおり、今後事務所間の競争の激化と二極化が予想されている。そうした業界内で勝ち組として生き残るためには、事務所にも、個々の会計士・税理士にも明確な戦略とその遂行力が要求される時代となってきている。

今回のSpecial Interviewでは、1993年の設立以来、20年以上に渡り独自のポジショニングを築きながら成長を続けてきた東京共同会計事務所(企業サイト:http://www.tkao.com/ 求人・採用サイト:http://www.tkao-recruit.com/)の代表パートナー、内山隆太郎氏に、同事務所の沿革と、氏が考える業界を勝ち残るための経営戦略、そしてそのために求める人材について話を聞いた。

「より珍しいキャリア」としての独立選択

東京共同会計事務所の代表パートナー、内山隆太郎氏といえば、慶應義塾大学在学時に公認会計士2次試験に合格し、28歳でパートナーとして同事務所を開設、今や国際的業界紙”International Tax Review”誌の日本主要部門の上位に当たり前のように名を連ねるようになるまで事務所を成長させた人物だ。その華やかな経歴から押しの強い剛腕会計士を想像する人もいるかも知れないが、実際に会う内山氏は穏やかな笑みを絶やすことがなく、低姿勢でいかにも好人物という感じだ。

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「大学を卒業した後、中央監査法人に入所し2年監査業務を行い、国際税務部門である中央クーパーズ・アンド・ライブランドで4年税務を行いました。その後のキャリアをどうしようかと考えていた時、外資系金融機関に転職するという選択肢と、以前から一緒に事務所を立ち上げないかと声をかけてくださっていた前職の上司であったパートナー会計士、渡辺とともに独立するという二つの選択肢の間で悩んだのですが、最終的にはより珍しい方を選択しようと独立を選びました」

独立に際し不安はなかったのだろうか。

「すでに何社か顧問契約をしてくださるであろう金融機関の目途は立っていたので、経済的な不安はあまりありませんでした。それよりも師匠にあたる渡辺は一面において威圧感もある人でしたので、その渡辺と逃げ場のないところで二人きりでやっていくことに対する不安の方が大きかったです。でももしうまくいかなかったら最悪、渡辺に『ごめんなさい!』といって金融機関にいけばいいと内心密かに思っていたので、エイやと独立することができました(笑)」

金融ビッグバンの中の出発

冗談を交えながら独立当時のことを内山氏は語るが、93年といえばバブル崩壊の直後、日本経済がどん底にあった時期で、決して楽な状況でのスタートではなかったはずだ。それでも内山氏はあくまでも当時をポジティブに振り返る。

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「93年というのは、景気のいわば一番低いところで、そこからリーマンショックまでの15年間の間は、基本的に金融経済は追い風を受けたゆるやかな上りエスカレーター状態でしたので結果的には絶妙なスタートになりました。スタート時からお客様にも恵まれていましたので、開業時によくある典型的な苦労話はありませんでした」

しかし、先にも述べたとおり、そう内山氏が語るほど当時の経済環境は生易しいものではなかったはずだ。ただそうした厳しい状況だったからこそ、日本経済が大きく変わることにもなる。それが大規模な規制緩和を含んだ金融改革、金融ビッグバンだ。

「80年代、90年代の初頭までは、金融の世界は大蔵省(当時。以下同様。)が支配してしまっている状態で、金融ベンチャーが出てくる余地はありませんでした。しかし金融ビッグバンとともに大蔵省の支配が弱体化し、金融産業が民間に開放されて、新しいことをやってもいいという時代になっていったのです」

そうして始まった「新しいこと」の中にあった証券化に付随するSPC会計が、東京共同会計事務所を大きく成長させるのだった。

SPC会計のパイオニア

証券化を行うには、その受け皿となる特別目的会社(SPC)が必要となる。当然それにともなう会計税務業務が発生するが、内山氏は黎明期からずっとそれに取り組んでいた。

「日本の証券化の第一号は90年代初頭に行われました。その後金融各社が一斉に参入したのですが、なかなか案件に結びつかず皆泣かず飛ばずの状態が続いていました。95年ごろには多くのプレーヤーが撤退し、誰もSPCを行っていない状態でした」

その状況が不況の長期化の中変わっていく。当時日本の差し迫った課題は不良債権の処理だった。しかし景気が冷え込む中、大量の不良債権の処理は一向に進まず、新たなスキームづくりが必要となってきたのだった。

「97年にエポックメイキングな事がありました。それが当時の特定債権法に基づく資産担保証券発行の解禁です。当時は証券化が不良債権を解決する魔法の杖と勘違いされたこともあり、長らく停滞していた証券化が一気に加速していきました。会計業界では、もともと証券化に注目している人が少なかったのですが、その頃までに競争相手は殆ど撤退しており、ブームの初期は、ことSPCについては独占に近い状態でした」 「当時は東京共同会計事務所もまだ20人弱だったかと思いますが、大小合わせ年間数百件という尋常でないコンサルティング案件をこなしていました。たしかにSPCの管理業務を行い、フィーをもらうというのは地味ではあるのですが、数年単位で考えてみるとそれなりのフィーが積み重なります。一方、コンサルティングには当時のように猛烈に案件をさばいてもこの積み上げ効果はありません。オンゴーイングの管理を行うことはビジネス的にも理に適っているなと考え、SPCに力を入れるようになりました」

そうして内山氏はSPCのパイオニアとしての名を馳せ、東京共同会計事務所もSPC会計のスペシャリストとしての名声を獲得していったのだ。

事務所の硬直とリーマンショック

SPCに強い会計事務所として発展成長を遂げていった東京共同会計事務所だったが、急激な成長は同時に事務所内に歪も生じさせた。

「業績は好調だったのですが、人材の配置が間に合わずオーバーキャパシティーになって業務がこなせなくなっていったのです。しかしSPCの管理業務は行わないわけにはいかないので、次第にコンサルティングの方を切り始めるという事態が発生していきました。それでもすべてのSPC案件を受け切れず、今度はSPCでも難しい案件を断るようになってしまったのです。

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その結果、クライアントからの評判も下がりますし、社内的にも業務が標準化してしまい、新しいことを学びづらい環境になってしまったのです」 「そのことによって2007年、2008年くらいには事務所内にも不協和音が生じ、離職者も出てしまいました」

そうした折に起こったのがリーマンショックだった。

「先ほども述べたような理由で行う仕事が絞られていった結果、当時は証券化関連、SPCの管理業務が売上ベースでほぼ全体の95%を占めるに至っていました。そうした中でリーマンショックの影響をもろに受けましたので本当に大変でした」

建て直しと強い経営体質の獲得

当時は完全にマーケットも止まってしまい、東京共同会計事務所は危機に立たされた。しかしそうした状況の中、内山氏は事務所改革に取り組む。

徹底したコスト削減、人材配置の強化、そして新分野への進出強化を戦略的に行っていったのだ。

「市場が止まってしまい売り上げはかなり下がりました。しかしそれまで利益率の高いビジネスを行っていたこともあり、まだコストを絞る余力はありました。当時残ってくれていたスタッフの質がよく誇りをもって働いてくれたのも建て直しには重要でした」 「また売り上げが下がる中でも、スタッフの数を倍増させました。今までガタガタになっていた体制を強化し、同時に内部統制を入れるなど生き残りに向けて時代ニーズに合った形で品質を向上させるように考えて手を打ってきました」

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内山隆太郎代表パートナー。SPC会計のパイオニアとして東京共同会計事務所のみならず業界を牽引してきた。また会計士としてのみならず、確かなビジョンを持つ経営者としての手腕も高く評価されている。

同時に証券化、SPCなどのストラクチャード・ファイナンスに偏りがちだった事業内容を拡充させ、M&Aなどのコーポレート・ファイナンスの分野でもリーダー格となる人材を入れ、案件も積み重ね売り上げを伸ばしてきた。この辺りの分野選択には時代に対する読みも重要という。

「平均年齢もリーマンショック前の30歳に満たなかったのが、現在は40歳くらいまで上がったので、大人の事務所として成熟も見せてきています」

厳しい時期を経て東京共同会計事務所は経営体質を大幅に強化することができたのだ。

投資余力/意思が今後の会計事務所の鍵

リーマンショック後に新しいフェーズを迎えさらなる発展に向かって邁進している東京共同会計事務所だが、会計業界を囲む環境は必ずしも容易ではないと内山氏は考えている。

「これからの会計事務所は、インターネット系の安売りをするところと、専門高付加価値型のいずれかでない限り、成長が厳しいと思います。そして後者については、ある程度資本力があって先行投資をする余力がないと躍進が難しくなってきているのではないかと感じています。

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以前は仕事が来てから体制を作ればいいというところがあったのですが、今はあらかじめチームを大きくしておかないと受注からして難しくなってきたという感覚があります。会計事務所が事業会社化しつつあるんだと思います。」

「もちろんBig4も投資余力はあると思いますが、大組織であるだけに大胆な先行投資ができないのではないかという風に感じます。今後ビジネスマインドを持った会計士・税理士にとっては面白い時代になってきていると思いますが、そういう方はある程度の投資余力と投資意思を持っている事務所に行かないとチャンスを活かすことはできないでしょう」

こうした時代を見る目は、Big4を意識しながらもSPCに独自の専門性と強みを発揮しながら成長を続けてきた内山氏ならではのものだろう。そしてだからこそ東京共同会計事務所は戦略的な大胆な投資をいとわないのだ。

必要不可欠となる国際業務

それでは具体的にどういった分野での投資が必要となってくるのだろうか。

「世の中の動きに照らし合わせてやるべきことと、会計事務所としてやっておいた方がいいことを考えて決める必要があります。たとえば国際業務はBig4の牙城ではありますが、今後力を入れていかなければいけません」

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「時代の主役は金融から事業法人の大手に移ってきています。日本のマーケットは縮小しており、寡占も進んでいるので、大手事業法人は海外に進出せざるをえないわけです。そうなると会計事務所も事業法人についていかざるをえなくなるので、国際業務は強化していきます」

「その中でも直接税の領域はBig4が得意としている分野ですので、FTAやTPPなど、間接税の中で差別化をはかることができれば存在感を示すことができるでしょう。又、グローバルなM&A等で独立系らしい頭も足も使ったサービスをしていくのも良いかと思います。」

注目は再生エネルギーと農林水産

確かに今後国際業務の需要は増えていくだろう。しかしそれに乗っていくだけではかつてSPCが東京共同会計事務所を特別な事務所にしたような急成長は望めないだろう。では現在どういった分野が第二のSPCとなりうると内山氏は考えているのだろうか?

「富裕層ビジネス、再生エネルギー、農林水産など今手がけておくと面白いテーマはいくつかあります。こういった分野には取り組むだけで差別化できるものも沢山あります。その上、世の中の流れを考えると、これらの分野の多くはかなりの確率で大きく成長していくと思いますので、きちんと感性を張り巡らせて長期的な視野でコミットしていく必要があると思います」

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なぜ上記のビジネスに注目するのだろう?

「これからの時代は長期に厳しい経済環境の時代が来るものと覚悟しておくべきです。資産税はすでに行っているところも多いですが、経済環境が悪くなっても高齢化にともない世代交代は確実に起きるので不況下には強いビジネスだと思います。農林水産と再生エネルギーは、大企業が海外に展開していってしまった後の日本を考えたときに国家レベルでとても重要になってくる分野です。農林水産分野は、国際的に競争力を持ち得るポテンシャルがある一方で、現在まだ鎖国ともいえる状態でこれから開国に向かっていくところなので、伸びしろがあります。再生エネルギーは、わが国ではエネルギーの自給自足化が進まない限り色々な意味で今後の経済循環が成り立ちませんので必要なわけです。」

「農林水産にしても再生エネルギーにしても、自由化して利権を壊していかない限り国民全体が食べていけなくなります。そういった大きなものの利権が壊れていくところには大きなビジネスチャンスが生じてきます。たとえば農業ですと6次化も含めてだんだん近代化していくでしょうが、その流れの中に身を置けば入ってくる情報量が増え、情報量が増えると自然とチャンスも広がってくるのです」

利権が壊れるところにビジネスチャンスが生まれる。そして新しいビジネスの仕組みができるとそれに伴い新しい会計税務業務が発生してくる。それこそ内山氏が金融ビッグバン後にSPC会計で行ってきたことだ。その経験を通して培った大局を見る目が東京共同会計事務所を独特の力強いものとしている。

それでは職場としての東京共同会計事務所はどういったところなのだろうか?

日陰のない職場づくり

東京共同会計事務所の代表パートナーの内山隆太郎氏は、同事務所のスタッフを真面目、勉強熱心な職人肌が多いという。

「性格もおおむね穏やかな人が多いので、そういう意味では働きやすい職場だと思います。また先生格の人の量質ともに恵まれていますので、一生懸命やりたい、一生懸命学びたいという方にとってはとてもいい事務所なのではないかと思います」

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「何かと大変な世の中になってはいますが、私から見るとこれから色々な分野にチャンスが転がっているように思います。そういう意味でもビジネスマインドを持っている人も大歓迎です」

その東京共同会計事務所のスタッフ数は現在150名超。まとめ上げていくのが容易ではない規模にはなっている。その中内山氏はどのようにして事務所を統率しているのだろうか?

「ある程度事務所の規模が大きくなると中小のオーナー企業と同じような現象が起きてきます。こちらとしてはその意識がなくとも、スタッフが私を勝手に仰ぎ見てしまうのです。その結果、職場に日なた・日陰のようなものが生じてしまうことがあるのですが、日陰ができると問題が生じてきます。それは言葉を換えれば会話が減っていくと問題が生じてくるということでもあります」

こうしたスタッフとのコミュニケーションを大切にするために、内山氏は「お茶会」なるものを頻繁に開催している。

「その時、気になっているスタッフや問題を抱えていそうなスタッフに声をかけて、1~3人くらいとお茶を飲みながら色々な話をざっくばらんにします。月に10回以上は開催していますね」

ただでさえトップの目が組織の隅々まで行き渡りにくい規模になる中、この気配りはいわゆる士業系がトップの事務所では珍しい。

求める人材は多様

その東京共同会計事務所が現在求めている人材とはどのような人なのだろうか?

「少し前までの建て直しの時期は自走できるベテランを登用せざるをえませんでしたが、事業は成長期に入ってきましたので、今は多様な人材を募集しています。現在は全般的に会計税務業務が複雑になってきているので、新卒の場合はたとえば英語が飛びぬけてできるなど秀でたところがないと難しいかもしれませんが、4-5年の実務経験のある若手なら、規範を示してくれる先生格が充実しておりプロフェッショナル教育も行っているので、うちで十分に成長・活躍できるでしょう。大歓迎です。」

「またベテランや中堅であっても、ニッチな分野での専門性が高く自走できる人は、その分野を育てていく上でも必要ですので、どんどん応募いただければと思っています」

新たな時代のパイオニアに

士業系の事務所は押しなべて一匹狼が多く、チームとして機能させるのが難しいという問題を抱えている。東京共同会計事務所もその問題を抱えていたが、内山隆太郎代表パートナーの地道な地ならしが功を奏し、いよいよ次のフェーズに入ろうとしている。

「最近少しずつチームプレーが機能するようになってきました」

とはいえさらなる意識変革を進めたいと内山氏はいう。

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「ただし、得意分野の異なるメンバー同志が、協業の煩わしさを乗り越えてもっともっと柔軟にアドホックなチーム編成をできるようになり、結果として、ますます多様化していくクライアントニーズに応えられるようになっていくべきと思っています。」

終始穏やかな優しい笑みを携えながらも、明確なビジョンを語る内山氏は、高度なスペシャリストでありながら、経営者としての卓越した広い視野を感じさせる。そしてそれを明瞭に口にする。だからこそビジネスマインドのある人を歓迎するのだ。

内山代表パートナーは風通しのいい環境づくりを心掛けており、新しいビジネスへの直訴のドアも常に開けてある。

会計税務業務の新時代を切り拓きたい人は、東京共同会計事務所の扉を叩いてみてはいかがだろうか。(了)

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この記事を書いた人

コトラ(広報チーム)