はじめに
記事の目的と想定読者
本記事は、土木インフラにおけるアセットマネジメントの基礎知識から、国の政策動向、最新のデジタル技術活用事例、そして国内外の先進的な取り組みまでを網羅的に解説します。想定読者は、土木インフラの維持管理に携わる行政職員、建設・土木技術者、さらにはインフラ問題に関心を持つ学生や一般市民の方々です。専門用語についても、可能な限り分かりやすく説明することを心がけています。
土木インフラにおけるアセットマネジメントの重要性
高度経済成長期に集中的に整備された日本の社会インフラは、現在、急速な老朽化という喫緊の課題に直面しています。道路橋、トンネル、上下水道など、私たちの生活を支える多くのインフラが建設から50年以上を経過し、今後さらにその割合が増加すると予測されています。このような状況下で、限られた財源と人材の中でインフラの安全性と機能を維持し、持続可能な社会を築くためには、アセットマネジメントの導入が不可欠です。
土木分野のアセットマネジメントとは
用語の定義と基本概念
アセットマネジメント(Asset Management)とは、広義には個人や法人の資産価値を最大化する運用管理を指しますが、土木分野においては、道路や橋梁などの公共施設を「資産(アセット)」と捉え、その損傷・劣化を将来にわたって予測・把握し、最も費用対効果の高い維持管理を行う考え方を意味します。国土交通省は「道路のアセットマネジメント」を「道路管理において、橋梁、トンネル、舗装等を道路資産と捉え、その損傷・劣化等を将来にわたり把握することにより最も費用対効果の高い維持管理を行う概念」と定義しています。これは、施設が壊れてから修理する「事後保全型管理」ではなく、損傷が軽微なうちに予防的に措置を講じる「予防保全型管理」への転換を促すものであり、ライフサイクルコスト(LCC)の最小化と財政負担の平準化を目的としています。
ストックマネジメントなど関連用語との違い
土木分野では、アセットマネジメントと類似した用語がいくつか存在します。
- ストックマネジメントストックマネジメントは、特定の構造物(道路、橋梁、トンネルなど)の劣化状況や使用年数に基づき、物理的な補修や更新時期を管理する手法です。アセットマネジメントが地域全体のインフラ資産ポートフォリオを中長期的な視点から最適化・リスク管理する経営的アプローチであるのに対し、ストックマネジメントはアセットマネジメントの一部として、より個別の構造物単位での技術的管理に焦点を当てています。
- 維持管理維持管理は、日常的な点検や補修業務に特化した実務を指します。これはストックマネジメントの一部であり、アセットマネジメント全体の計画の中で実行される具体的な作業です。 関係性は「アセットマネジメント > ストックマネジメント > 維持管理(設計や補修工事など)」と整理できます。
主な対象資産(道路、橋梁、ダム、上下水道、公共建築物、港湾など)
土木分野におけるアセットマネジメントの主な対象資産は、国民生活や経済活動の基盤となる多岐にわたるインフラ施設です。
- 道路・橋梁・トンネル交通インフラの根幹をなし、劣化が事故に直結する危険性があるため、アセットマネジメントの導入が特に重要視されています。
- 上下水道生活に不可欠なライフラインであり、老朽化による断水事故などが住民生活に甚大な影響を与えるため、計画的な更新・管理が求められます。
- 河川・ダム・砂防施設治水・利水の要であり、近年多発する自然災害への対応として、機能維持が重要です。
- 港湾施設物流の拠点として経済活動を支え、国際競争力維持のためにも適切な管理が不可欠です。
- 公共建築物庁舎、学校、病院、公営住宅など、多様な公共サービスを提供する施設も対象となります。
これらの資産を長期的な視点から計画的に管理することで、安全性や利用者満足度を確保しつつ、ライフサイクル全体での費用を低減することがアセットマネジメントの重要なポイントとなります。
背景と制度的動向
インフラ老朽化と財政制約下での維持管理の課題
日本の社会インフラは、1950年代から1970年代の高度経済成長期に集中的に整備されました。しかし、それから半世紀以上が経過し、多くのインフラが一斉に老朽化の時期を迎えています。国土交通省の予測によると、2040年には道路橋の約75%、河川管理施設の約65%、港湾施設の約68%が建設後50年以上経過する見込みです。
このような急速な老朽化の進行に加え、人口減少や少子高齢化に伴う自治体の財政制約は、維持管理費用を圧迫しています。維持管理費にあてられる財源はピーク時の約半分にまで減少しており、多くの地方自治体で必要な予算を十分に確保できていないのが現状です。さらに、インフラメンテナンスを担う土木・技術系職員の不足と高齢化も深刻であり、技術・ノウハウの継承が困難になっています。
これらの複合的な課題が、従来の「壊れてから直す」という事後保全型の維持管理では対応しきれない状況を生み出し、より効率的で戦略的なアセットマネジメントへの転換を不可欠にしています。
国土交通省などによる政策・法改正動向
インフラ老朽化問題への対応として、国は様々な政策や法改正を進めてきました。
- 笹子トンネル事故とインフラ長寿命化基本計画2012年12月の中央自動車道笹子トンネル天井板崩落事故は、日本のインフラ老朽化問題に対する国民の危機意識を大きく高める契機となりました。これを受け、政府は2013年11月に「インフラ長寿命化基本計画」を策定。これにより、全てのインフラ管理者に対し、個別施設ごとの長寿命化計画(個別施設計画)の策定と、予防保全型メンテナンスへの転換が求められるようになりました。
- 道路法に基づく定期点検の義務化インフラ長寿命化基本計画に基づき、2014年度から全国の道路管理者による橋梁・トンネル等の5年に1度の近接目視による定期点検が義務化されました。これにより、全国のインフラの健全性に関する網羅的なデータ収集が始まりました。
- 水道法改正上下水道分野では、平成21年に「水道事業におけるアセットマネジメント(資産管理)に関する手引き」が策定され、平成30年(2018年)の水道法改正以降、全国の水道事業体に対し「経営戦略(アセットマネジメント)」の策定が努力義務となり、積極的なアセットマネジメントの立案が求められるようになりました。
- インフラDXの推進2019年度からは定期点検の2巡目が開始されるとともに、点検・診断の効率化・高度化を目指す「インフラDX」が強力に推進されています。AI、ドローン、ロボットといった新技術の導入が本格的に検討され、国土交通省は「インフラDX 総合推進室」を発足させるなど、技術革新を後押ししています。
社会資本の長寿命化に向けた取り組み
社会資本の長寿命化は、アセットマネジメントの主要な目標の一つです。予防保全型管理への転換は、長期的な視点で見ると、事後保全型に比べて維持管理・更新にかかる総費用(ライフサイクルコスト:LCC)を大幅に削減する効果があることが国土交通省の試算で示されています。例えば、30年間の累計でコストを約3割縮減できるという試算もあります。
また、長寿命化に向けた具体的な取り組みとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 橋梁長寿命化修繕計画の継続的更新と精度向上5年ごとの定期点検結果を速やかに計画に反映し、常に実態に即した最新の状態を保つサイクルを徹底します。画一的な劣化予測ではなく、各橋梁の立地環境や過去の補修履歴といった個別データを加味した劣化予測モデルを構築し、修繕時期の予測精度を高めます。
- ライフサイクルコスト(LCC)評価に基づく予算配分の最適化複数の工法や対策シナリオのLCCを比較検討し、最も費用対効果の高い案を採択するプロセスを標準化します。LCC評価の結果を次年度の予算要求・編成プロセスに直接連動させる仕組みを制度化し、客観的根拠に基づいた予算配分を実現します。
- インフラストックの最適化利用頻度が低い施設や、代替路が確保できる箇所については、統廃合や機能転換(例:車道橋を歩行者・自転車専用橋へ転換)を積極的に検討し、管理対象を最適化することで、維持管理負担の軽減を図ります。
これらの取り組みを通じて、限られた資源の中でインフラの長寿命化を図り、将来にわたって安全で快適な社会資本を維持していくことが目指されています。
アセットマネジメントの実践と運用フロー
基本的なプロセス・フローと導入メリット
土木分野のアセットマネジメントは、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)に基づいた継続的な改善プロセスとして運用されます。
- Plan(計画)現状のインフラ資産の状態を把握し、将来の劣化予測やリスク評価を行います。これに基づき、目標とするサービス水準、ライフサイクルコスト(LCC)などを考慮した維持管理・更新計画を策定します。
- Do(実行)策定された計画に従い、点検、診断、補修、補強などの具体的な維持管理・更新作業を実施します。
- Check(評価)実施した対策の効果や、計画と実績との乖離を評価します。点検データや修繕履歴、利用者からのフィードバックなどを分析し、インフラの状態変化や対策の有効性を検証します。
- Action(改善)評価結果に基づき、計画や運用方法を見直し、改善策を立案します。これにより、次期の計画に反映させ、より最適化されたアセットマネジメントへと進化させていきます。
アセットマネジメントを導入するメリットは多岐にわたります。
- LCCの縮減予防保全型管理への転換により、大規模な修繕や架け替えに至るケースを減らし、長期的に見た総費用を大幅に削減します。
- 財政負担の平準化将来の劣化と必要な対策時期、費用を事前に予測することで、年度ごとの予算の大きな変動を抑え、計画的な財政運営が可能になります。
- 安全性の向上計画的な点検と補修により、インフラの崩落や事故のリスクを低減し、住民の安全・安心を確保します。
- 説明責任の向上客観的なデータに基づいた維持管理計画や予算要求は、議会や住民に対する説明責任を果たす上で有効であり、行政への信頼性向上につながります。
- 業務の効率化・高度化デジタル技術の活用により、点検・診断・データ管理業務の効率化と品質向上が期待できます。
デジタル技術・システム活用事例(DX、モニタリング、BIM/CIM等)
アセットマネジメントの高度化には、デジタル技術の活用が不可欠です。近年、インフラDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が加速しており、様々な技術が導入されています。
- AI・ドローン等を活用した点検・診断高所や河川上、交通量の多い道路上など、危険でコストのかかる箇所の点検にドローンが本格導入されています。ドローンで撮影した高解像度画像から、AIがひび割れや剥離、鉄筋露出といった変状を自動で検出し、その深刻度を評価する画像解析システムも活用され始めています。これにより、点検の客観性と効率が飛躍的に向上します。
- 3次元データ(CIM/BIM)によるインフラ台帳の高度化既存の2次元図面や紙ベースの台帳を、3次元のCIM/BIM(Construction/Building Information Modeling)データに段階的に移行・統合する動きが進んでいます。3次元モデル上に、点検結果、補修履歴、センサー情報、周辺の地理情報などを一元的に集約することで、インフラの「デジタルツイン」を構築し、現状把握や修繕計画のシミュレーションを直感的かつ高度に行うことが可能になります。
- インフラ施設監視カメラシステム定点カメラでインフラ施設を監視し、長期間にわたる変化や異常をリアルタイムで検知するシステムです。特に広域にわたる設備を管理する電力、鉄道、水道などのインフラにおいて、複数の施設を集中監視・制御することで、監視業務の効率化と安全対策の強化に貢献します。
- センサーを用いた常時モニタリング橋梁やトンネルなどにセンサーを設置し、変位、振動、温度、ひずみなどを常時モニタリングすることで、微細な異常や劣化の兆候を早期に把握し、予防保全の精度を高めます。
これらのデジタル技術の活用は、インフラメンテナンスの省力化、効率化、高度化を実現し、限られた人材と予算の中で持続可能なアセットマネジメントを推進する上で不可欠な要素となっています。
各資産種別の特徴的な運用方法
アセットマネジメントの運用方法は、対象となるインフラ資産の特性に応じて工夫されています。
- 道路・橋梁道路や橋梁は、交通量や気象条件、塩害などの影響を大きく受けるため、個別の劣化予測モデルの構築が重要です。NEXCO中日本は、道路管理情報を一元管理する「アセットマネジメントシステム」を構築・導入し、劣化予測とLCCに基づいた更新判断を行うことで、リスクに対する予防策を取り入れた維持管理計画と効率的な管理を実現しています。
- 上下水道水道管路は地下に埋設されており、目視点検が困難なため、データに基づく計画的な更新が特に重要です。2018年の水道法改正により、全国の水道事業体は経営戦略としての「アセットマネジメント」策定が努力義務化され、DX技術カタログの公開など、DX化による管理効率化が進められています。
- 下水道下水道管渠はこれまでストックマネジメントの代表的分野とされてきましたが、近年ではLCCの視点や改築投資の優先順位化により、アセットマネジメントへの移行が進んでいます。札幌市では「札幌市下水道ビジョン2030」を策定し、ICT技術を活用した下水道維持管理の効率化を図っています。
これらの事例は、各インフラの特性を踏まえ、デジタル技術やデータ分析を駆使することで、より効果的かつ効率的なアセットマネジメントが実現可能であることを示しています。
国内外の先進事例・動向
国内自治体・企業の取り組み事例
国内では、多くの自治体や企業がアセットマネジメントの導入を進め、具体的な成果を上げています。
- 新宿区「計画的な予防保全とLCC縮減モデル」新宿区は2011年度から長寿命化修繕計画を策定し、予防保全型管理へ転換しています。特に、予防保全と事後保全のLCCを詳細にシミュレーションし、予防保全への移行により50年間で約35.3億円(46%)ものコスト削減が可能であることを定量的に示した点が特筆されます。この客観的なデータは、予算確保や合意形成に強力な根拠となりました。
- 千代田区「都心部における修繕費平準化と段階的管理移行」千代田区は、LCC評価に加え「修繕費の平準化」を重視した計画を策定。将来の修繕費の集中という課題に対し、安全性を損なわない範囲で工事時期を調整し、年間の支出を平準化するシミュレーションを行いました。また、「事後保全」から「劣化予測型管理」を経て「予防保全」へと段階的に移行する現実的なロードマップを示し、限られたリソースの中での着実な移行を目指しています。
- 板橋区「新技術活用と集約・撤去を明記した計画」板橋区の計画は、その具体性が特徴です。「点検ロボット」「ドローン」等の具体的な新技術の活用検討や、「隣接2橋を1橋に集約」「車道橋を人道橋にダウンサイジング」など、具体的な集約・撤去シナリオを明記することで、現場担当者が何をすべきか理解しやすく、実効性の高い計画となっています。
- 山口県「AI・デジタル技術を活用した広域点検支援システム」山口県は、県と県内市町が管理する小規模橋梁の点検効率化・高度化を目指し、産学官連携で独自の「AIによる橋梁インフラ点検・診断システム」を開発しました。3Dスキャンアプリ、点検アプリ、評価AIアプリをクラウドで連携させ、点検調書の自動作成を実現。点検の総作業時間を約2割削減し、AI活用で評価のばらつきを抑制するなどの成果を上げ、「第7回インフラメンテナンス大賞」で優秀賞を受賞しました。
- 多摩市「包括的民間委託による持続可能な維持管理体制の構築」多摩市は、職員の負担軽減と専門性確保のため、橋梁の定期点検および総合維持管理業務を包括的に民間委託する仕組みを構築しました。点検、診断、データ整理、小規模補修計画策定までを一体的に委託することで、行政と民間の役割分担を明確化。職員の業務負担を大幅に軽減し、専門家による質の高い維持管理を実現したモデルとして、「第6回インフラメンテナンス大賞」で優秀賞を受賞しています。
- 土木学会のモデル事業公益社団法人土木学会の「アセットマネジメントシステム実装のための実践研究委員会」は、新潟市、町田市、桑名市、富士市、津別町などをモデル事業地とし、地方公共団体における持続可能なアセットマネジメントシステムの体制構築を支援しています。これらの取り組みは、技術的課題、財政的課題、産業界を含めた体制構築の課題、人材育成の課題など、多岐にわたる課題解決を目指しています。
海外の最新動向や比較
海外でもインフラのアセットマネジメントは進展しており、特に老朽化問題に先行して直面した欧米諸国では、体系的な取り組みが行われてきました。
- リスクマネジメントの導入インフラのアセットマネジメントにおいては、個々の構造物の物理的性能だけでなく、インフラ全体の機能や社会的役割に着目し、リスクマネジメントの概念を取り入れることが重要視されています。自然災害や予測困難な事態への対処の限界を社会と合意形成し、適切に対応していく「性能保証型インフラアセットマネジメント」の考え方が提唱されています。
- PPP/PFI手法の活用民間の資金、ノウハウ、技術を活用するPPP(Public Private Partnership)/PFI(Private Finance Initiative)手法は、海外でもインフラ整備や維持管理において広く用いられています。これにより、行政の財政負担を平準化し、事業の効率化を図っています。
- データ駆動型アセットマネジメント多くの国で、BIM/CIMなどの3次元データやIoTセンサーからの情報を統合し、データに基づいた意思決定を行うアセットマネジメントが推進されています。これにより、より精度の高い劣化予測や最適な修繕計画の策定が可能となっています。
日本と海外の比較において、日本のインフラは高度な技術力によって建設されてきた一方で、維持管理における予防保全への転換やデジタル技術の導入、官民連携の推進にはまだ発展の余地があると言えます。
個別施設計画やアセットマネジメント推進体制
「インフラ長寿命化基本計画」に基づき、全国の自治体では個別施設ごとの長寿命化計画(個別施設計画)の策定が進められています。これらの計画は、各インフラの現状を把握し、将来の劣化予測に基づいた維持管理・更新の方針を定めるものです。
アセットマネジメントを推進するためには、組織内の体制強化も重要です。
- 経営部門と技術部門の連携アセットマネジメントは、単なる技術的な維持管理だけでなく、経営的な視点での資産運用を伴います。そのため、技術部門だけでなく経営部門も連携し、中長期的な視点での資産最適化やリスク管理を行う体制が必要です。
- 専門人材の育成・確保インフラメンテナンスを担う技術系職員の不足が課題となる中で、研修による人材育成や、外部の専門家(ブリッジドクターなど)との連携、包括的民間委託の導入などにより、専門技術の確保と職員の負担軽減を図る必要があります。
- 官民連携・広域連携区単独では困難な大規模更新や専門技術の確保に対応するため、民間の資金・ノウハウ・人材を積極的に活用する官民連携や、特別区間での技術支援・共同発注プラットフォームの構築といった広域連携も有効な手段となります。
これらの取り組みを通じて、地域の実情に応じた持続可能なアセットマネジメントシステムを構築し、インフラの機能維持と利用者への安定した公共サービス提供を目指します。
現状の課題と今後の展望
財政制約と優先順位付け、担い手不足への対応
現在、土木分野のアセットマネジメントが直面する大きな課題として、財政制約とインフラメンテナンスの担い手不足が挙げられます。
- 財政制約と優先順位付け高度経済成長期に建設されたインフラが一斉に老朽化する「更新の時期」を迎える中で、維持管理・更新費用は爆発的に増大する見込みです。しかし、少子高齢化による税収減や地方交付税の減少などにより、自治体の財政は厳しく、全ての老朽化インフラに同時に対応することは困難です。このため、限られた予算の中で、どのインフラに、いつ、どのような対策を講じるべきか、客観的なデータに基づいた費用対効果の高い優先順位付けが不可欠となります。ライフサイクルコスト(LCC)評価やリスク評価を取り入れ、住民の安全確保や経済活動への影響度、インフラの重要性などを総合的に判断する必要があります。
- 担い手不足への対応インフラメンテナンスを担う土木・技術系職員は全国的に減少傾向にあり、高齢化も進んでいます。これにより、技術・ノウハウの継承が困難になり、点検・診断・設計・監督業務の品質低下が懸念されます。この課題に対応するためには、人材育成の強化、新技術の導入による省力化・効率化、そして民間事業者や他自治体との連携強化が重要です。包括的民間委託の導入や、特別区間での技術支援・共同発注プラットフォームの構築など、多様なアプローチで担い手不足を解消し、メンテナンス体制を強化していく必要があります。
DX化・システム導入における障壁と解決策
アセットマネジメントの高度化に不可欠なDX化やシステム導入にも、いくつかの障壁が存在します。
- 障壁
- 予算や知識不足:新しいデジタル技術の導入には初期投資が必要であり、自治体には予算や専門知識を持つ職員が不足している場合があります。
- リスク回避志向:前例のない新技術の導入に対して、リスクを懸念し慎重になる傾向があります。
- データ活用体制の不備:点検データが紙ベースであったり、部署間で共有されていなかったりするなど、データを一元的に管理・活用する体制が整っていない場合があります。
- 「参入の壁」:土木分野以外の技術者にとって、公共事業への参入障壁が高いと感じられることがあります。
- 解決策
- 国の補助金活用と試行フィールドの提供:国の「道路メンテナンス事業補助制度」など、新技術導入を支援する補助金を積極的に活用します。また、自治体が管理するインフラを民間企業や大学の「実証実験フィールド」として提供することで、官民学連携での技術開発と社会実装を促進します。
- 標準化と共通プラットフォームの構築:データ形式やシステム仕様の標準化を進め、複数の自治体が共同で利用できる共通のプラットフォームを構築することで、導入コストを削減し、ノウハウ共有を促進します。
- 人材育成と外部専門家の活用:職員に対するDX関連研修を強化するとともに、AI、ドローン、BIM/CIMなどの専門知識を持つ外部人材やコンサルタントを積極的に活用します。
- 官民連携による技術導入:包括的民間委託などを通じて、民間企業の持つ技術力やノウハウを効率的に取り入れます。
今後期待される技術革新・制度改正
今後、アセットマネジメントのさらなる進展には、技術革新と制度改正の両面からの取り組みが期待されます。
- 技術革新
- AIによる高精度な劣化予測・診断:より多くの点検データや環境データ、修繕履歴などを学習したAIにより、インフラの劣化状況をより高精度に予測し、最適な修繕時期や工法を提案する技術が発展するでしょう。
- ロボット・IoTの活用拡大:人が立ち入りにくい場所での点検や、24時間365日インフラの状態を監視するIoTセンサーの活用がさらに拡大し、リアルタイムでのデータ収集と異常検知が可能になります。
- デジタルツインの本格導入:インフラの物理的な状態をデジタル空間で再現する「デジタルツイン」が本格的に導入され、シミュレーションによる維持管理計画の最適化や、災害時の迅速な状況把握に貢献します。
- 新素材・新工法の開発:長寿命化やメンテナンスフリーを実現する新しい建設材料や工法の開発が進み、インフラのライフサイクルコストを根本的に低減する可能性があります。
- 制度改正
- インフラ長寿命化計画のさらなる具体化:個別施設計画がより実効性の高いものとなるよう、予算配分との連携強化や、計画策定・更新を支援する国の制度が強化される可能性があります。
- 官民連携・広域連携の促進:包括的民間委託やPPP/PFI手法をさらに活用しやすくするための法制度改正や、自治体間の広域連携を支援する仕組みが拡充されることが期待されます。
- インフラ会計制度の確立:公共インフラを資産として適切に評価し、将来の維持管理・更新費用を見える化するためのインフラ会計制度の導入が議論されており、これが実現すれば、より戦略的な財政運営が可能になります。
- 住民とのリスクコミュニケーションの強化:インフラの老朽化によるリスクや、限られた資源の中で行う維持管理の限界について、住民との対話を強化し、社会的な合意形成を図るための制度的な枠組みが重要となります。
これらの技術革新と制度改正が融合することで、日本の土木分野におけるアセットマネジメントは、より持続可能で効率的、かつ安全なインフラ運営へと進化していくことが期待されます。
まとめ
土木分野におけるアセットマネジメントの意義
土木分野におけるアセットマネジメントは、高度経済成長期に整備された膨大な社会インフラの老朽化、限られた財源、そして担い手不足という複合的な課題に対応するための不可欠な経営手法です。公共インフラを単なる構造物ではなく、国民の貴重な「資産」として捉え、長期的な視点から費用対効果の高い計画・維持管理を行うことで、以下の意義を持ちます。
- 国民の安全・安心の確保:計画的な点検と予防保全により、インフラの崩落や事故のリスクを低減し、人々の安全な暮らしを守ります。
- 持続可能な財政運営:ライフサイクルコスト(LCC)を最小化し、将来の財政負担を平準化・縮減することで、次世代への負担を軽減し、他の公共サービスへの影響を最小限に抑えます。
- 効率的な公共サービスの提供:デジタル技術の活用や官民連携により、点検・診断・修繕業務の効率化と高度化を図り、限られた資源で最大の効果を生み出します。
- 地域社会の活力維持:安定したインフラは、人流・物流の基盤となり、企業の生産活動や地域経済の活力を支えます。
アセットマネジメントは、インフラの維持管理を「守ること」から「戦略的経営」へとシフトチェンジさせる、極めて重要な施策と言えるでしょう。
これからの持続可能なインフラ運営に向けて
これからの持続可能なインフラ運営を実現するためには、以下の三位一体の改革が不可欠です。
- 予防保全型アセットマネジメントの高度化:LCC評価に基づいた計画の継続的な更新と精度向上、集約・撤去を含むインフラストックの最適化を推進します。
- インフラDXによるメンテナンスの革新:AI、ドローン、3次元データ(CIM/BIM)などの最新デジタル技術を積極的に導入し、点検・診断・データ管理業務の効率化と品質向上を図ります。
- 官民連携・広域連携による実施体制の強化:民間の資金・ノウハウ・人材を積極的に活用する包括的民間委託やPPP/PFI手法を導入し、特別区間での技術支援や共同発注など、行政の枠を超えた連携を強化します。
これらの取り組みは相互に連携し、相乗効果を生み出すことで、コストを縮減し、限られた人材を有効活用し、最終的には国民の安全で持続可能な生活を守るための、最も確実な道筋となります。土木インフラに関わるすべての関係者が共通の認識を持ち、技術と経営の両輪でインフラを支えていくことが、未来を築く上で欠かせません。
参考情報・関連リンク
- 国土交通省「道路メンテナンス年報」
- 国土交通省「国土交通白書」
- 内閣官房「インフラ長寿命化基本計画」
- 土木学会「アセットマネジメントシステム実装のための実践研究委員会」
- 各自治体「橋りょう長寿命化修繕計画」
(上記リンクは例であり、実際の記事では正確なURLを記載します。)











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