病院がランサムウェア攻撃の対象になる理由
医療機関特有の脆弱性とは
医療機関はランサムウェア攻撃の主要なターゲットとなる傾向があります。その理由の一つとして、医療施設が情報技術面での脆弱性を多く抱えている点が挙げられます。例えば、老朽化したシステムやソフトウェアを使用し続けている場合、多くのセキュリティホールが残された状態となり、ハッカーが狙いやすくなります。また、医療機関には様々なネットワーク機器が複雑に接続されており、その一部が適切に管理されていないことも、感染リスクを高める要因です。
さらに、予算やリソースの制約から、最新のセキュリティ技術を導入できない医療機関も多いです。これにより、サイバー攻撃に対して脆弱な環境が長期間放置されるケースがしばしば見られます。このような背景により、医療機関は攻撃者にとって「入りやすい入口」となってしまっているのです。
ランサムウェア攻撃が医療業界で増加している背景
近年、医療分野におけるランサムウェア攻撃は顕著に増加しています。この背景には複数の要因が考えられ、その一つが新型コロナウイルスの流行を受けた急激な医療需要の拡大です。多忙を極める医療現場において、セキュリティへの十分な配慮が後回しになりやすい状況が生じていました。この状況を悪用する形で、攻撃者の標的とされるケースが増加しました。
また、医療業界では、「電子カルテ」や「患者データ」といった極めて価値が高い情報が多く扱われています。こうした情報は取引市場において非常に高額で売買されるため、攻撃者にとって大きな利益をもたらす可能性があります。このように、医療業界は経済的動機を持つ犯罪者からの需要が高い産業となっています。
電子カルテや患者データの魅力度
医療機関が扱う電子カルテや患者データは、個人情報を豊富に含むため、その魅力度は極めて高いです。このデータには、氏名、住所、連絡先情報だけでなく、健康状態や病歴などのセンシティブな情報も含まれています。これらの情報は通常の個人情報よりも高値で売買されるため、攻撃者にとって格好の標的となります。
さらに、電子カルテが暗号化され使用不能になると、診療業務そのものが停止する可能性が高まるため、被害者側が要求に応じる確率が高いとされています。特に緊急性の高い医療機関では、一刻も早い復旧が必要とされ、攻撃者に大きな交渉力を与えてしまいます。
サイバー攻撃者の戦略とターゲット選定
サイバー攻撃を仕掛ける者たちは、効率的に利益を上げるため、ターゲットを慎重に選択します。その際、復旧の遅れが直接的に患者の生命に影響を及ぼし得る医療機関は、非常に有力な標的となります。特に規模が大きな病院ほど、攻撃による混乱の影響も甚大であり、その復旧には高額なコストが発生するため、攻撃者が要求する身代金を支払うケースも少なくありません。
また、サイバー攻撃者は、人為的ミスや予算不足によるセキュリティの過小対策にも目を光らせています。メールの添付ファイルやリンクを介したフィッシング攻撃による不正侵入は、依然として有効な手法であり、さらにリモートアクセスの脆弱性を突く攻撃も増加しています。こうした戦略を組み合わせ、攻撃者は最大限の利益を引き出すことを目指しているのです。
病院でのランサムウェア攻撃の被害事例
大阪急性期・総合医療センターの事例
大阪急性期・総合医療センターは2022年10月にランサムウェア攻撃を受け、深刻な被害を受けました。この攻撃の原因は給食事業者を介したVPN機器の脆弱性を突かれたことでした。その結果、院内の病院情報システム (HIS) に侵入され、サーバーのエラーが発生。電子カルテが使えなくなり、診療が停止する事態に至りました。
攻撃のタイムラインを見ると、問題発生からわずか数時間で院内のシステムが大規模に影響を受けていたことがわかります。例えば、午前5時43分に最初のサーバーエラーが発生し、7時45分にはランサムノートが確認されています。このように、攻撃のスピードが非常に速く、初動の対応が急務となることが伺えます。
また、この攻撃ではビットコインでの身代金支払いが要求されましたが、センターは支払を行わず、復旧には長い時間とコストを要しました。電子カルテが使用できない状態は患者の救急対応や通常診療に多大な影響を及ぼし、病院業務全体の停滞を招きました。
国内外で発生した医療機関への攻撃例
国内外を問わず、多くの医療機関がランサムウェアの被害を受けています。例えば日本国内では、2022年1月に日本歯科大学付属病院が電子カルテや会計システムを暗号化され、5万人以上のデータが影響を受ける事例がありました。また、2021年10月にはつるぎ町立半田病院で約8万5,000人分の電子カルテデータが暗号化されるなど、多数の病院が攻撃の標的となっています。
さらに海外でも、医療機関がランサムウェア攻撃に苦しんでいます。アメリカでは、大規模な病院システムがサイバー攻撃を受けた結果、患者情報の漏洩や手術の中止などの深刻な事態が発生しました。医療機関は重要なデータを大量に持つため、サイバー犯罪者にとって非常に魅力的なターゲットとなっています。
ランサムウェア感染後、復旧までの影響とコスト
ランサムウェア感染が医療機関に及ぼす影響は甚大です。電子カルテが使用できなくなることで患者情報や治療記録への即時アクセスが困難になり、救急対応や緊急手術が遅れる可能性があります。特に集中治療室や救急外来では、このような障害が生命に直結する問題となります。
また、復旧には多大なコストと時間がかかります。システムの再構築やデータの暗号解読、さらには再攻撃防止のためのセキュリティ強化など、膨大なリソースが必要です。さらに、診療業務の中断による収益の損失や、患者や社会からの信頼喪失が病院に与えるダメージも無視できません。
このような被害を防ぐためには、病院側の事前の準備と迅速な初動対応が極めて重要です。データのバックアップや多層防御のセキュリティ、また職員への適切なトレーニングに注力することが求められています。
ランサムウェア攻撃への病院側の対応策
セキュリティソリューションの導入
ランサムウェアの脅威に対抗するためには、適切なセキュリティソリューションの導入が不可欠です。病院においては電子カルテや患者データといった重要な情報を扱うため、侵入防止システム(IPS)やエンドポイントセキュリティ、ファイアウォールなど、多様なシステムを統合的かつ効果的に機能させる必要があります。また、定期的なセキュリティソフトウェアのアップデートは、攻撃者に対する防御力を保持するために重要です。さらに、病院特有のニーズに合わせたバックアップソリューションも実装し、感染によるデータ喪失や業務停止を最小限に抑える対策が求められています。
多層防御の実現へ向けたステップ
ランサムウェア攻撃を防ぐためには、多層防御を実現することが効果的であるとされています。まず、ネットワークの監視体制を強化し、不審なトラフィックやアクセスを早期に検知できる仕組みを導入することが重要です。また、ランサムウェアの感染経路となりやすいメールやウェブの利用についても対策を講じる必要があります。たとえば、メールフィルタリングで危険な添付ファイルやリンクを遮断し、ウェブゲートウェイで危機的なURLへのアクセスを制限する手法が挙げられます。病院の場合、一つの攻撃が患者や機関全体に甚大な影響を引き起こすため、多層的なアプローチが効果を発揮するのです。
初動対応と復旧プロセスの重要性
ランサムウェア攻撃を受けた際の初動対応は、被害を最小限に抑えるための重要なステップとなります。感染が発覚した場合、まずはシステムの切り離しを迅速に行い、感染の拡大を防ぎます。その後、専門家や内部のITチームがバックアップデータの復元や感染経路の特定を進めます。さらに、事例をもとに改善策を講じ、再発防止策としてセキュリティ体制全体の見直しを図ります。このような対応プロセスが整備されていない場合、大阪急性期・総合医療センターの事例のように診療停止や業務遅延などの深刻な影響が長期的に及ぶリスクが高まります。
職員教育や意識向上活動
病院におけるランサムウェア対策では、技術的な仕組みの導入に加え、職員の教育や意識向上も極めて重要なポイントです。多くのランサムウェア感染の出発点は、職員によるメールの開封や危険なリンクへのアクセスといった人的要因によるものです。そのため、定期的な研修やセミナーを通じて最新の脅威情報や対処法を共有し、従業員が適切な行動を取れるよう支援する必要があります。また、職員のセキュリティ意識を高めることで、感染リスクを未然に防ぐことが可能になります。これによって、福島医大病院やつるぎ町立半田病院のようなランサムウェア被害の二次的拡大を防ぎ、患者にも安心感を提供することができます。
未来の医療を守るために必要な視点
政府や業界全体での取り組み
ランサムウェア攻撃の増加に対し、政府や業界全体での包括的な取り組みは不可欠です。特に、日本国内では内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を中心とした医療機関のセキュリティ対策の強化が進められています。また、業界団体との連携による情報共有やセキュリティガイドラインの策定も重要な役割を果たしています。
さらに、医療分野に特化したセキュリティシステムや専門技術を導入するための助成制度や教育プログラムの充実化が求められています。国内外の事例を分析し、各病院の規模や業務内容に応じた具体的な防御策を整備することが今後の課題といえます。
最新技術を活用した長期的対策の模索
ランサムウェア攻撃の進化に伴い、最新技術を活用した長期的な対策が必要とされています。特に、人工知能(AI)や機械学習を用いたサイバー攻撃の検知・防御システムが注目されています。これにより、攻撃の兆候をリアルタイムで把握し、迅速に対応する仕組みを構築することが可能になります。
また、ブロックチェーン技術の活用も有効です。患者データや電子カルテを複数の分散型サーバーで管理することで、一箇所への攻撃による被害を最小限に抑えることができます。そして、定期的なバックアップやネットワークの分断化によるゼロトラストモデルの導入も効果的な方法です。
患者と社会への責任としてのサイバーセキュリティ
病院におけるサイバーセキュリティの強化は、患者と社会に対する重大な責任であると言えます。ランサムウェア攻撃の被害が電子カルテや患者の個人データに及ぶ場合、診療の遅延や重大な情報漏洩につながり、医療サービスへの信頼を著しく損ないます。
そのため、病院はサイバー攻撃からの防御を自施設内のみで解決するのではなく、患者や社会全体の利益を重視した視点を持つ必要があります。こうした責任を果たすため、透明性の確保と被害時の適切な情報開示、そして復旧後の再発防止策の徹底が重要です。ランサムウェア攻撃に関する過去の事例を教訓に、病院経営者はセキュリティポリシーを見直し、安心できる医療環境の構築を目指す必要があります。