はじめに:なぜ今、「人事」が経営の重要テーマなのか
「人的資本経営」という言葉に代表されるように、現代の企業経営において「ヒト」は、単なる労働力(リソース)ではなく、企業価値を創造する源泉である「資本(キャピタル)」として認識されるようになりました。グローバル化、DXの進展、そして労働人口の減少といった外部環境の大きな変化の中で、企業の持続的な成長は、いかにして優秀な人材を惹きつけ、育て、活躍してもらうかにかかっています。
このような背景から、人事部門の役割は、従来の管理業務を中心とする位置づけから、企業の経営戦略と深く連動し、その実現を人材の側面から支える「戦略的パートナー」へと大きく進化しています。
しかし、多くの企業で人事部門が直面しているのが、採用・労務・育成といった各機能が連携せず、バラバラに動いてしまう「サイロ化」の問題です。この課題を克服し、人材データを一気通貫で捉え、戦略的な意思決定を行うための統合的なアプローチが「タレントマネジメント」であり、現代人事の核心的なテーマとなっています。
この記事では、広大な人事の世界を一枚の「キャリアマップ」のように描き出し、事業会社内の人事(社内人事)と、外部から人事サービスを提供する専門家(社外人事)に大別し、それぞれの役割と業務内容、そしてキャリアパスについて体系的に解説します。
事業会社人事(社内人事)のキャリアマップ
事業会社の人事部門は、その企業の従業員を対象とし、経営戦略と連動しながら、人材の獲得から育成、定着、活躍までを支援する、組織の中核的な機能です。
採用担当の業務内容:企業の成長を支える人材獲得
採用は、企業の成長に必要な人材を外部から獲得する、組織の入り口を司る重要な機能です。
業務内容
経営戦略や事業計画に基づき、「どのような人材が、何名、いつまでに必要なのか」という人員計画を策定します。その上で、採用ターゲットに響くような求人情報の作成(ジョブディスクリプションの記述)、母集団を形成するための採用チャネル(人材紹介会社、ダイレクトリクルーティング、リファラルなど)の選定と運用、企業の魅力を伝える採用ブランディング活動、応募者との面接・面談、そして内定者へのオファー面談と入社までのフォローまで、採用プロセス全体を管理・実行します。近年では、採用活動のデータを分析し、より効果的な採用手法を模索する役割も重要になっています。
労務・給与担当の業務内容:従業員が安心して働ける基盤
労務・給与は、従業員が安心して働ける基盤を整え、企業のコンプライアンスを担保する、人事の根幹をなす機能です。
業務内容
給与計算、勤怠管理、社会保険・労働保険の手続き、年末調整、福利厚生制度の運用といった、従業員の生活に直結する業務を正確に遂行します。また、労働基準法をはじめとする各種法令を遵守した就業規則の策定・改定や、長時間労働の是正、ハラスメント防止、メンタルヘルス対策といった職場環境の整備も、労務の重要な役割です。
しかし、現代の労務は単なる「守り」に留まりません。例えば、多様な働き方を可能にする「フレックスタイム制度」や「リモートワーク規程」を他社に先駆けて整備することは、優秀な人材を獲得・維持するための強力な武器となります。このように、労務は、従業員エンゲージメントを高め、企業の魅力を創出する「攻め」の戦略にもなり得ます。
人材開発・研修担当の業務内容:組織と個人の成長を促進
人材開発・研修は、従業員のスキルアップやキャリア開発を支援し、組織全体の能力向上を目指す機能です。
業務内容
企業の経営戦略や人材戦略に基づき、どのようなスキルやマインドセットを持つ人材を育成すべきかを定義します。その上で、新入社員研修、階層別研修(若手、中堅、管理職など)、選抜型のリーダーシップ開発プログラム、あるいは専門スキル向上のための研修などを企画・実行します。研修の効果を最大化するため、研修後のアンケート分析や、現場での行動変容を追跡する効果測定も重要な業務です。
人事制度企画の業務内容:組織の「OS」を設計する
人事制度企画は、等級制度、評価制度、報酬制度といった、人事の根幹となるルールを設計・運用する、極めて戦略的な機能です。
業務内容
企業のビジョンや経営戦略に基づき、「どのような行動や成果を評価し、報いるのか」というメッセージを込めた人事制度を設計します。これには、社員の役割や責任範囲を定義する「等級制度」、成果を評価する基準となる「評価制度」、そして給与や賞与を決定する「報酬制度」が含まれます。近年では、従来の年功序列型から、職務の価値で報酬を決めるジョブ型雇用制度への移行を検討・推進する役割も担っています。
HRBP(HRビジネスパートナー)の業務内容:事業部に寄り添う戦略人事
HRBPは、特定事業部門の専属人事担当として、その事業責任者のパートナーとなり、事業の成功を「ヒト・組織」の側面から支援する、比較的新しい戦略的な役割です。
業務内容
本社人事部から事業部の中に派遣される形で、担当事業のビジネスモデルや課題を深く理解します。その上で、事業戦略に基づいた人員計画の策定、キーパーソンの採用・育成、組織体制の最適化、従業員エンゲージメントの向上施策などを、事業責任者と一体となって企画・実行します。
一方で、HRBPは「本社人事の方針」と「事業部の現場の要求」との間で板挟みになる、極めて難しい役割でもあります。本社からは全社的な制度の遵守を求められ、事業部からは現場の特殊事情を考慮した例外を求められる。この矛盾を調整し、両者の信頼を勝ち得るためには、人事の専門知識だけでなく、担当事業への深い理解と、高度な交渉力・政治力が不可欠です。
外部の人事関連サービス(社外人事)のキャリアマップ
企業の外部から、専門的な人事サービスを提供することで収益を上げるプロフェッショナルも、人事の世界の重要なプレイヤーです。
人事コンサルタントの業務内容:外部から企業の組織課題を解決
人事コンサルティングファームは、企業の経営課題を「ヒト・組織」という観点から解決するための専門的な助言を行います。
業務内容
クライアント企業の人事制度の設計・導入支援、M&Aにおける人事デューデリジェンスやPMI(組織統合)支援、リーダーシップ開発プログラムの設計、組織風土の改革など、極めて専門的かつ経営の根幹に関わるテーマを扱います。
人材紹介コンサルタントの業務内容:企業と個人の最適なマッチング
人材紹介会社(リクルーティングエージェント)は、人材を採用したい企業と、転職を希望する個人とを結びつけるサービスです。
業務内容
企業側に対しては、採用要件を詳細にヒアリングし、最適な候補者をサーチして推薦します。個人側に対しては、キャリアカウンセリングを通じてその人の強みや志向性を引き出し、最適な求人を提案します。
一方で、人材紹介コンサルタントは、自身が所属する会社の売上目標(KPI)と、転職希望者のキャリアにとって本当に最善な選択は何か、という倫理観との間で常に葛藤する、精神的にもタフな仕事です。両者の利益を誠実に追求し、長期的な信頼関係を築けるかどうかが、プロフェッショナルとして成功する鍵となります。
HRテック企業の業務内容:テクノロジーで人事を支える
HRテック企業は、人事業務を効率化・高度化するためのITシステムやプラットフォームを開発・提供します。
業務内容
勤怠管理システムや給与計算システムといった従来型のサービスに加え、近年ではより戦略的な役割を担うツールが主流となっています。特に「タレントマネジメントシステム」は、この記事の冒頭で述べた人事機能の「サイロ化」を解決するための強力な武器です。採用管理システム(ATS)に蓄積された候補者の情報、入社後のスキルデータ、研修履歴、そしてパフォーマンス評価といった、これまで各機能に分散していた人材データを一元的に管理・可視化します。この統合されたデータ基盤があって初めて、企業は個々の従業員の強みやキャリア志向を把握し、戦略的な人材配置や後継者育成計画を立案する「タレントマネジメント」を本格的に実行できるようになるのです。
さらに、この統合データは「ピープル・アナリティクス」の土台となります。その真価は、これまで感覚的に語られがちだった「ヒト」に関する課題を、客観的なデータに基づいて経営陣と議論できるようにする点にあります。例えば、「ハイパフォーマーに共通する行動特性」を分析して採用基準に活かしたり、「離職の予兆」をデータから検知してリテンション施策を打ったりすることで、人事施策の投資対効果(ROI)を明確に示し、経営の意思決定に直接貢献することができるのです。
研修サービス企業の業務内容:人材育成のプロフェッショナル
研修サービス会社は、企業向けに、リーダーシップ研修や新人研修、営業力強化研修といった、専門的な研修プログラムを企画・提供します。
業務内容
企業の課題やニーズに合わせて、最適な研修プログラムをカスタマイズして提案します。経験豊富な講師陣による講義の提供だけでなく、研修後の効果測定や、現場での実践を促すためのフォローアップまでを一貫して支援します。
キャリアパスの交差点:社内と社外の繋がり
これまで解説してきた「社内人事」と「社外人事」は、完全に独立しているわけではなく、キャリアの中で相互に行き来することが可能です。代表的なキャリアパスとしては、以下のようなケースが挙げられます。
(例1)事業会社人事 → 人事コンサルタント
事業会社の人事で培った現場感覚や当事者としての経験を活かし、より専門性を高め、多様な企業の課題解決に挑戦するために、人事コンサルティングファームへ転職するキャリアパスです。
(例2)人材紹介コンサルタント → 事業会社の採用担当
人材紹介で培った採用市場に関する深い知見や、候補者を見極めるスキルを活かし、事業会社の採用担当(インハウス・リクルーター)として、自社の採用力強化に貢献するキャリアパスです。
(例3)人事コンサルタント → 事業会社のCHRO/人事部長
コンサルタントとして培った戦略的な視点や制度設計のノウハウを活かし、事業会社のCHRO(最高人事責任者)や人事部長として、一社の変革を当事者としてリードするキャリアパスです。
さらに、人事のプロフェッショナルとしてのキャリアは、必ずしも管理職の頂点を目指す「縦の梯子」だけではありません。「専門性を深める道」と「経営の中枢へシフトする道」も存在します。
人事領域の専門家(スペシャリスト)としてのキャリア
CHROが人事全体のゼネラリストであるのに対し、特定の分野、例えば報酬制度設計や組織開発、グローバル人事といった領域で、誰にも負けない専門性を磨き、社内外から頼られる『第一人者』を目指すキャリアパスも存在します。これは、管理職としてマネジメントに徹するのではなく、自身の専門スキルで直接的に価値を創出し続けるプロフェッショナルとしての生き方です。
経営の中枢へのキャリアシフト
人事、特にHRBPなどで培った『事業と組織を動かす力』は、人事部門以外でも高く評価されます。その代表例が『経営企画』部門への転身です。全社的な中期経営計画の策定やM&A戦略の立案において、組織設計や人材配置といった『ヒト』の視点は不可欠です。人事戦略で培った全社的な視点とビジネスへの理解を活かし、より直接的に経営戦略の策定に関与していくキャリアも、有力な選択肢の一つです。
このように、人事の世界では、社内と社外の垣根を越えたり、専門性を深めたり、あるいは経営の中枢へと活躍の場を移したりと、自身の経験や専門性を軸に、多様なキャリアを築いていくことが可能です。
まとめ
人事という職種は、かつての管理部門というイメージから脱却し、企業の経営戦略と深く結びついた、極めて専門的で多様なキャリアパスを持つ世界へと進化しています。
事業の当事者として組織の成長を内側から支える「事業会社人事」。そして、外部の専門家として多様な企業の変幅広い変革を支援する「社外人事サービス」。どちらの道を選ぶにしても、その根底にあるのは、「ヒト」という最も重要な経営資源を通じて、いかにして企業の価値を最大化させるか、という問いです。
本記事で示した「キャリアマップ」が、あなたがどのような人事のプロフェッショナルを目指したいのかを考える上での一つの指針となれば幸いです。
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