はじめに
アセットマネジメント計画とは何か
アセットマネジメント計画とは、組織が保有する資産(アセット)を効率的かつ効果的に活用し、その価値を最大化するための調整された活動です。資産は組織の活動の基盤であり、適切に管理されなければ損失を招く可能性もあります。この計画は、単なる維持管理の概念を超え、資産のライフサイクル全体にわたって価値を創造する積極的な活動と言えます。
コスト削減・効率化の重要性
現代の企業や自治体を取り巻く環境は、世界情勢の不安や物価の高騰、少子高齢化による財政制約など、多くの課題を抱えています。このような状況下で、持続可能な経営を実現するためには、コスト削減と業務効率化が不可欠です。コスト削減は利益の最大化に直結し、業務効率化は生産性向上と企業価値向上をもたらします。アセットマネジメント計画は、これらの目標達成を支援する戦略的な手段となります。
本記事の目的と読者層
本記事は、アセットマネジメント計画の基礎知識から、公共インフラにおける実践例、コスト削減と効率化の視点、さらには防災・リスク管理との連携、計画策定・運用のポイントまでを網羅的に解説します。自治体職員、公共施設の管理者、企業の実務担当者、およびアセットマネジメントに関心のあるすべての方々を対象に、計画策定と運用に役立つ具体的な情報を提供することを目的としています。
アセットマネジメント計画の基礎知識
アセット(資産)の定義と種類
アセットマネジメントにおける「アセット(資産)」とは、組織にとって潜在的または実際に価値を持つあらゆる「もの」や「実体」を指します。これには、目に見える物理的な資産だけでなく、非物理的なデジタルリソースや権利なども含まれます。
具体的なアセットの種類としては、以下のようなものが挙げられます。
- 公共インフラ: 道路、橋梁、堤防、ダム、上下水道、公園、公共建築物など、社会の基盤を支える資産。
- 不動産: 土地、建物(オフィスビル、商業施設、住宅など)といった投資用不動産。
- 金融資産: 株式、債券、投資信託、デリバティブなどの金融商品。
- IT資産: パソコン、サーバーなどのハードウェア、ソフトウェア、各種ライセンス、デジタルデータなど。
- 企業の有形資産: 工場の設備、車両、オフィス備品など。
マネジメント(管理)プロセスの基本
アセットマネジメントの管理プロセスは、アセットから最大限の価値を引き出すために、以下の要素を調整する活動です。
- 計画(Plan): 組織の目標に基づき、アセットマネジメントの目的やゴールを設定し、達成するための計画を策定します。これには、アセットの現状把握、リスクと機会の特定、維持管理・更新計画の立案、資金計画の策定などが含まれます。
- 実行(Do): 策定した計画に従って、アセットの維持管理、運営、更新などの活動を実施します。
- 評価(Check): 実行された活動の成果を定期的に監視、測定、分析し、設定した目標に対する達成度を評価します。
- 改善(Action): 評価結果に基づき、計画やプロセス、活動内容を見直し、継続的な改善を図ります。このPDCAサイクルを回すことで、アセットマネジメントの質を向上させます。
アセットマネジメントの国際規格であるISO 55000シリーズでは、「コスト」「リスク」「パフォーマンス」の3要素の最適なバランスを達成することが重要であるとされています。
他分野におけるアセットマネジメントの適用例
アセットマネジメントの考え方は、公共インフラだけでなく、多様な分野で導入されています。
- 不動産アセットマネジメント: 投資家やオーナーの代理として不動産の総合的な資産管理を行い、その価値を最大化することを目的とします。プロパティマネジメント(物理的な管理や賃料回収)とは異なり、投資戦略の策定や売買タイミングの判断など、より戦略的な視点での運用を担います。
- 金融資産アセットマネジメント: 投資家から預かった資金を株式や債券などの金融商品に投資し、運用を通じて資産価値を向上させます。リスク評価と管理、効果的な資産配分が重要です。
- ITアセットマネジメント (ITAM): 企業が保有するハードウェア、ソフトウェア、ライセンスなどのIT資産の数や利用状況を可視化し、管理する体系的な取り組みです。セキュリティ強化、コンプライアンス違反防止、資産の有効活用による経費削減などが主な目的です。
公共インフラにおけるアセットマネジメント計画
下水道・水道等の課題と計画の役割
日本の社会インフラは、高度経済成長期に集中的に整備されたものが多く、現在、大規模な更新時期を迎えつつあります。特に下水道や水道などのインフラ施設では、老朽化の進行が全国的な共通課題となっています。
このような状況において、アセットマネジメント計画は以下の重要な役割を担います。
- 計画的な施設更新: 施設の損傷、腐食、劣化状況を適切に把握・予測し、中長期的な視点に立った計画的な改築・更新を推進します。
- 財源の確保と投資の最適化: 施設の更新需要と中長期的な財政収支を見通し、限られた財源の中で最も費用対効果の高い投資計画を策定します。
- 持続可能なサービス提供: 良好な公共サービスを持続的に提供するため、リスクとコストのバランスを考慮し、施設の健全性を維持します。
計画期間・整備方針のポイント
公共インフラにおけるアセットマネジメント計画は、多くの場合、30年から50年といった長期的な期間を設定します。計画では、将来の理想像を実現するための整備方針と投資計画の概要を定めます。
- 整備方針:
- 老朽化対策: 老朽化した管路や設備の計画的な更新、耐震化を兼ねた更新など、予防保全型の維持管理を重視します。
- 耐震化対策: 基幹管路や主要構造物の耐震化を進め、災害に対する脆弱性を低減します。
- 拡張整備: 将来の水需要や普及促進に対応するための新規施設の整備も視野に入れます。
- 投資計画・財政計画:
- 中長期的な視点での更新需要と財政収支見通しに基づき、費用配分を調整し、投資の平準化を図ります。
- 更新積立金等の資金確保方策を進めるとともに、必要な負担について住民の理解を得るための情報提供も重要となります。
計画策定の実務フロー
公共インフラのアセットマネジメント計画策定には、以下の実務フローが考えられます。
- 現状分析と情報整備:
- 道路、橋梁、上下水道などのインフラ資産に関する情報を一元的に整理し、データベースを構築します。
- 施設の劣化状況、使用年数、機能、重要度などを詳細に把握します。
- 需要予測と劣化予測:
- 中長期的な水需要やインフラサービスの需要を予測します。
- 施設の劣化予測を行い、補修や更新が必要となる時期を見極めます。
- リスク評価と優先順位付け:
- 施設の故障や劣化がもたらすリスク(経済的損失、サービス停止の影響、災害リスクなど)を評価します。
- 限られた予算の中で、優先的に対処すべき施設や対策の順位を決定します。
- 整備方針と投資計画の策定:
- 劣化予測やリスク評価に基づき、老朽化対策、耐震化、新規整備などの具体的な整備方針を定めます。
- ライフサイクルコスト(LCC)を考慮し、費用対効果の高い投資計画を策定します。
- 財政計画の策定:
- 投資計画に必要な財源を確保するための財政収支見通しを立て、資金確保方策を検討します。
- 計画の公表と情報共有:
- 策定した計画を住民や関係者に公開し、説明責任(アカウンタビリティ)を果たします。
- PDCAサイクルの確立:
- 計画の実行後も、定期的な評価(モニタリング)と見直しを行い、継続的な改善を繰り返します。
コスト削減と効率化を実現するための視点
経費縮減・投資平準化策
アセットマネジメント計画におけるコスト削減は、単なる経費カットに留まらず、資産のライフサイクル全体を見据えた戦略的な取り組みです。
- ライフサイクルコスト(LCC)の最小化: 建設から維持管理、廃棄に至るまでの総費用を考慮し、最も費用対効果の高い方法を選択することで、長期的なコスト縮減を図ります。
- 投資の平準化: 大規模な更新時期が集中することによる財政負担を軽減するため、施設の状況に応じて建替えや改修の時期を調整し、投資を平準化します。これにより、単年度の急激な財政支出を抑制します。
- 適切な点検・診断の実施: 早期に問題箇所を発見し、計画的な予防保全を行うことで、突発的な大規模修繕や高額な事後保全を回避します。
- PPP/PFIなど民間活力の活用: 公共施設等の整備・維持管理・運営に民間の資金、経営能力、技術的能力を活用することで、財政負担の平準化や運営の効率化を目指します。
長寿命化と資産の有効活用
既存の資産を最大限に活用し、長寿命化を図ることは、新たな投資を抑制し、結果的にコスト削減と効率化に繋がります。
- 施設の長寿命化: 定期的な計画保全により、施設の耐用年数を延ばし、建替え頻度を減少させます。例えば、外壁改修などの長寿命化改修を行うことで、施設の更新経費を抑えることが可能です。
- 既存ストックの有効活用: 新規整備を抑制し、既存の施設やインフラを多目的に活用することで、投資効率を高めます。
- 施設の統合・複合化、用途変更: 類似施設の統合、異なる用途の施設の複合化、あるいは社会情勢の変化に対応した用途変更や廃止を行うことで、資産を最適化し、管理・運営コストを削減します。
運営・保守管理の効率化アプローチ
日々の運営・保守管理においても、効率化を図ることでコスト削減を実現できます。
- デジタル化・DXの推進: ICTやAI、IoTセンサーシステムなどを活用し、運転操作技術や維持管理情報の共有システムを導入することで、業務を自動化・効率化します。
- 例: ドローンを用いたインフラ点検、AI搭載IoTセンサーシステムによる水道管漏水調査、デジタルコンテンツ作成ツールによるマニュアル整備など。
- 業務プロセスの改善: 業務フローの無駄を洗い出し、不要な作業を削減することで、生産性を向上させます。
- アウトソーシングの活用: 専門性が高い業務や定型業務の一部を外部に委託することで、固定費である人件費を変動費化し、社内リソースをコア業務に集中させます。
- 省エネ設備の導入と電力契約の見直し: LED照明への交換、高効率空調設備の導入、電気料金プランの見直しなどにより、エネルギーコストを削減します。
防災・リスク管理との連携
維持修繕・更新のリスク評価
災害リスクが高まる現代において、アセットマネジメント計画は防災・リスク管理と密接に連携する必要があります。
- リスクベースのアプローチ: アセットマネジメントは、リスクに基づいたアプローチを用いて、組織の目標をアセットに関連する意思決定、計画、活動に変換します。
- 災害リスクの多面的な評価: インフラ自体の損壊といった直接被害だけでなく、インフラ利用者の供給停止影響や、サプライチェーン寸断による経済波及効果まで含めた多面的な災害インパクト評価が不可欠です。
- 脆弱性の特定と優先順位付け: 災害に対して脆弱なインフラや、被害を受けた場合に深刻な影響を与えるインフラを特定し、優先的に対策を講じます。例えば、工業用水の施設更新指針においても、施設や管路単体の耐震度評価だけでなく、地域における機能の重要性や産業活動・社会生活への影響度を考慮することが求められます。
災害時対応力向上と事業継続性
アセットマネジメント計画を通じて、災害時対応力を高め、事業継続性を確保します。
- 事業継続計画(BCP)の策定: 災害発生時に企業の損害を最小限に抑え、事業を早期に復旧・継続するための計画を策定します。これには、避難経路の確保、備蓄品の確保、データのバックアップ、指揮系統の明確化などが含まれます。
- インフラのレジリエンス強化: 事前の防災投資により、災害に強くしなやかな社会インフラを構築します。特に、大規模災害に備え、老朽化したインフラの耐震化や強靭化を計画的に進めることが重要です。
- 情報連携とコミュニケーション: 災害発生時における情報共有の確認や、取引先の被災状況把握、代替仕入れ先の選定など、事業を停滞させないための連携体制を構築します。安否確認システムや防災マニュアルの整備も有効です。
社会情勢変化への柔軟な対応
アセットマネジメント計画は、気候変動、人口減少、技術進化など、社会情勢の変化に柔軟に対応できる仕組みを持つ必要があります。
- 脱炭素化への貢献: 公共施設の新築・改修時のZEB(Net Zero Energy Building)化や、下水汚泥のエネルギー化・肥料化など、カーボンニュートラルに向けた取り組みを計画に盛り込みます。
- ユニバーサルデザイン化: バリアフリー化や、認知症の人にもやさしいデザインの導入など、多様な市民ニーズに対応した施設整備・運営管理を目指します。
- 新技術の積極的な活用: ICT・AIなどの技術革新を取り入れ、点検・モニタリング、劣化予測、維持管理の効率化を図ります。
アセットマネジメント計画の策定・運用のポイント
目的・ゴールの設定
アセットマネジメント計画を成功させるためには、まずその目的とゴールを明確に設定することが重要です。
- 「どのような資産を、いつまでに、どうしたいのか」という具体的な目標を立てましょう。
- 「コストを削減したい」「リスクを低減したい」「サービスの質を向上させたい」といった組織のビジョンを明確にし、それに基づいて計画を策定します。
- 最終的に何を達成したいのか(例:持続可能な水道事業の実現、公共施設の安全・安心な利用など)を具体的に描くことが、計画推進の原動力となります。
市民や関係者への説明責任(アカウンタビリティ)
公共性の高いアセットマネジメントにおいては、市民や関係者への説明責任を果たすことが不可欠です。
- 計画の内容や進捗状況、成果について、透明性を持って情報公開を行います。
- 財政収支の見通しや、更新・維持管理に必要な費用、サービス水準の考え方などをわかりやすく説明し、理解と協力を得ることが重要です。
- ISO 55001の認証取得は、アセットマネジメントに取り組む姿勢を国内外に示すとともに、共通認識を持って円滑なコミュニケーションを図る上で有効です。
管理から経営への意識転換
アセットマネジメントは、単なる「管理」ではなく、資産を最大限に活用して「価値を創造する経営」への意識転換を促します。
- 施設を「コスト」として捉えるだけでなく、「将来にわたって便益を生み出す資産」として位置づける視点が必要です。
- 技術部門と財務部門が連携し、共通の目的・目標に向かって計画的な活動と効率的な予算配分を行うことが期待されます。
- 短期的な視点ではなく、長期的な視点から資産のライフサイクル全体を見通し、最適な投資と維持管理を行うことで、経営の効率化と持続可能性を追求します。
- PDCAサイクルを継続的に回し、計画を評価・検証・見直しを行うことで、アセットマネジメントの水準を常に向上させていく意識が重要です。
まとめ
成功するアセットマネジメント計画の要点
コスト削減と効率化を実現するアセットマネジメント計画を成功させるためには、以下の要点が挙げられます。
- 明確な目的・目標設定: 何を、いつまでに、どのように達成したいのかを具体的に定める。
- 資産の全体像把握: 保有するすべての資産(ハードウェア、ソフトウェア、インフラ、人的資源など)を可視化し、現状を正確に理解する。
- LCC(ライフサイクルコスト)の視点: 施設の導入から廃棄までの総コストを考慮し、費用対効果の高い計画を策定する。
- リスク評価と優先順位付け: 潜在的なリスクを特定し、その影響度と発生頻度に基づいて対策の優先順位を決定する。
- PDCAサイクルの継続: 計画の実行、評価、改善を繰り返し、常に最適な状態を目指す。
- 関係者との連携と情報共有: 組織内外のステークホルダーと協力し、情報の透明性を確保する。
- デジタル技術の活用: DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、データに基づいた効率的な管理・運用を実現する。
今後の動向と展望
アセットマネジメントは、今後も社会インフラの老朽化、財政制約、自然災害の激甚化、技術革新といった背景の中で、その重要性を増していくでしょう。
- 国際標準化の進展: ISO 55000シリーズなどの国際規格に基づいたアセットマネジメントの導入は、国内外での事業展開において信頼性を高める要素となります。
- ICRT(ICTにロボット技術)技術の進化: ドローンやAI、IoTセンサーなどを活用した点検・監視技術は、より高度で効率的なアセットマネジメントを可能にします。
- 官民連携の深化: 公共インフラ分野では、PFIやコンセッションなど、民間活力の導入がさらに進み、多様な主体が協働してアセットマネジメントに取り組むことが予想されます。
- データ駆動型マネジメント: ビッグデータを活用した劣化予測、リスク分析、投資判断の最適化が進むことで、より科学的かつ戦略的なアセットマネジメントが実現されるでしょう。
実務で生かすためのアクション
本記事で解説したアセットマネジメント計画の知識を実務で生かすための具体的なアクションとしては、以下のステップが考えられます。
- 現状のコストと資産の洗い出し: まずは、自社または組織が保有するアセットと、それにかかるコストを詳細に把握し、可視化することから始めましょう。
- 小さく始めてPDCAを回す: 全てを一気に変えようとせず、効果が出やすい分野や改善しやすい業務から取り組みを開始し、PDCAサイクルを通じて継続的な改善を図りましょう。
- 情報収集とツールの活用: 最新のアセットマネジメントに関する情報や、IT資産管理ツール、マニュアル作成ツールなどを積極的に導入・活用し、業務の効率化を推進しましょう。
- 専門家との連携: 計画の策定や運用において、専門的な知識やノウハウが必要な場合は、外部の専門家やコンサルタントとの連携も有効な選択肢です。
- 従業員への意識啓発: コスト削減や効率化の重要性を全従業員で共有し、日々の業務におけるコスト意識を高めることで、組織全体での取り組みを促進しましょう。
アセットマネジメント計画は、組織の持続的な成長と発展を支える羅針盤となります。ぜひ本記事を参考に、貴社の環境に合わせた最適なアセットマネジメント計画を策定し、実行してください。











-37.png)

