金融業界における生成AIの実装とキャリアの変革を追う全5回シリーズ、「金融✕生成AI 実装最前線とキャリアの未来地図」。第4回となる本稿では、「リスク管理・コンプライアンス」領域に焦点を当てます。
現在、金融犯罪の手口は高度化・複雑化の一途をたどっています。生成AIを活用したフィッシングやディープフェイクによるID偽造など、新たな手口が報告されているのです。
これに対抗する手段として、従来の「人海戦術によるモニタリング」は限界を迎えつつあり、AIを活用した業務効率化と高度化が進められています。
一方で、AIの活用自体が新たなリスク(ハルシネーションやバイアス)を生むという課題も発生しています。ここで求められるのが、AIの適切な管理と統制を行う「モデルリスク管理(MRM)」の専門家です。
オペレーション業務が変革する中で、リスク管理のプロフェッショナルはどのような進化を遂げるべきか。今後のキャリアパスについて解説します。
1. 金融犯罪対策(AML/CFT)における変化
マネー・ローンダリング対策(AML)やテロ資金供与対策(CFT)は、長らく金融機関にとって膨大なコストセンターでした。しかし、AI技術の発展により、この領域は効率化と高度化のフェーズに入りつつあります。
従来手法の課題
これまで多くの金融機関では、固定的なシナリオ(例:一定金額以上の送金が短期間に連続するなど)に基づくルールベースの検知システムを採用してきました。しかし、この手法には2つの大きな課題があります。
- 大量の誤検知(フォルス・ポジティブ):正当な取引までアラートが鳴り、人間がその確認に追われる。
- すり抜けリスク:既知のパターンしか検知できず、新たな手口に対応しにくい。
金融庁の「マネー・ローンダリング等及び金融犯罪対策の取組と課題(2025年6月)」では、近年、フィッシングや特殊詐欺に加え、SNS型投資・ロマンス詐欺など、従来の金融サービスを不正に利用した犯罪被害が拡大していると指摘されています。2024年の詐欺等による被害額は約4,021億円で、前年比59.6%増加しています。
さらに、金融庁が2025年6月に公表した「AI官民フォーラム(第1回)事務局説明資料」では、ディープフェイクを用いてeKYC(オンライン本人確認)を危殆化するような試みがすでに世界各国で行われており、詐欺やサイバー攻撃にも生成AIが悪用されるリスクがあることが言及されています。
こうした状況に対応するため、大手金融機関ではAI技術の導入が進んでいます。
例えば、金融犯罪対策においては、AIモデルを用いて不正口座や詐欺の兆候を検知するプロジェクトが本格運用されており、運用開始からわずか数か月で数千万円規模の資金流出を阻止する成果を上げています。特に、還付金詐欺などの被害額・件数を過去最低水準にまで大幅に削減するなど、強固なリスク管理体制の構築に貢献しています。
また、内部管理業務の効率化も重要な焦点です。生成AIを活用したソリューション開発により、監査業務における膨大な対象データの中から、不正事例の兆候となる可能性が高いデータのみをAIが選別し、目視での確認作業を効率化しています。これにより、現場の社員の業務負担軽減と監査品質の向上を両立させています。
これらの取り組みから、金融機関がAIを単なる効率化ツールとしてではなく、金融サービスの質そのものを高めるための戦略的な基盤技術として位置づけていることがわかります。
2. AIガバナンスとモデルリスク管理の重要性
AIが業務の中核に入り込むにつれ、新たなリスク管理領域として「モデルリスク管理」と「AIガバナンス」の重要性が高まっています。
AI特有のリスクへの対応
AI、特にディープラーニングやLLMを用いたモデルは、その判断プロセスがブラックボックスになりがちです。金融機関としての説明責任を果たすため、AIの判断根拠を適切に説明できる体制が求められています。
また、生成AI特有の「ハルシネーション」や、学習データに起因する「バイアス」も重大な経営リスクです。これらを統制するために、以下の機能が求められています。
- AIの出力検証:AIの回答や判断が、金融庁の監督指針や行内規定に準拠しているかを常にモニタリングする。
- モデルの継続的な管理:AIモデルの性能劣化(ドリフト)を検知し、定期的な検証と更新を行う。
3つの防衛線(Three Lines of Defense)の進化
内部監査やリスク管理のフレームワークである「3つの防衛線」も、AI時代に合わせて進化しつつあります。
| 防衛線 | 従来の役割 | AI時代における役割の変化 |
| 第1線(現場部門) | リスクの一次確認 | AIツールの運用と、日々の出力精度の確認。 |
| 第2線(リスク管理) | 規定の策定とモニタリング | モデルリスク管理(MRM)の推進。 AIモデルの検証(バリデーション)、バイアス評価、ガバナンス体制の構築。 |
| 第3線(内部監査) | 独立した監査 | AIガバナンス態勢自体の監査。AIを活用した監査手法の検討。 |
金融庁の「戦略的な『攻め』の姿勢を支えるモデルリスク管理の要諦」によれば、多くの金融機関では人材不足がモデルの管理におけるボトルネックになっており、将来を見据えた人材採用・人材育成の重要性が高いとされています。
3. リスク管理人材のキャリアの方向性
オペレーション業務が変革する中、リスク管理・コンプライアンス人材にはどのようなキャリアの方向性があるのでしょうか。
変化する業務領域
単純な「突き合わせ作業」や「定型的なドキュメントチェック」は、AIによる効率化の対象となる可能性があります。一方で、以下の領域では人間による高度な判断が重要であり続けます。
- 複雑な判断:AIが判断できないケースに対する、倫理観や複雑な文脈を踏まえた最終意思決定。
- 規制対応:新設される法規制を解釈し、それを具体的なシステム要件や業務フローに落とし込む役割。
- クライシス・マネジメント:AIが予期せぬ挙動をした際の緊急対応や、インシデントへの対応。
推奨されるスキルセット
今後のリスク管理職において、以下のようなスキルや知識が重要性を増すと考えられます。
- AIとデータの基礎理解:AIがどのように機能するか、その限界は何かについての基本的な理解。
- 規制・法令の知識:金融規制、データ保護法、AI関連法規制についての知識。
- リスク評価能力:AIシステムが持つリスクを評価し、適切な統制を設計する能力。
数理的なバックグラウンドを持つクオンツ人材だけでなく、法務・コンプライアンス出身者が「AIのロジック」を理解し、ガバナンスの枠組みを作るケースも増えています。
4. 法規制の動向
AI技術の発展に伴い、各国で規制の整備が進んでいます。
EU AI法
欧州連合(EU)では、2024年8月からAI法の段階的な施行が開始されました。施行時期は規制内容に応じて分かれており、許容できないリスクを伴う「禁止されるAIの利用行為」に関する規制等は2025年2月2日から、GPAI(汎用AI)モデルに関する規制は2025年8月2日から適用されています。この法律では、AIシステムをリスクレベルに応じて分類し、高リスクAIには厳格な要件が課されます。
日本のAI事業者ガイドライン
日本では、総務省・経済産業省により「AI事業者ガイドライン」が策定されています。このガイドラインは、AI開発・提供・利用にあたって推奨される取組についての基本的な考え方を示しており、AIの社会実装及びガバナンスを実践するためのものです。
金融庁も2025年3月に「AIディスカッションペーパー(第1.0版)」を公表し、金融機関による健全なAIの利活用を後押しすべく、金融分野のAI活用について検討を進めています。
まとめ:リスク管理・コンプライアンスの進化
リスク管理・コンプライアンスの世界は変革期にあります。AI技術の導入により業務の効率化と高度化が進む一方で、AIそのものの管理という新たな課題も生まれています。
本稿のポイント
- 業務の効率化:AIを活用した不正検知や監査業務の効率化が大手金融機関で進んでいる。
- MRMの重要性:AIモデルの品質を保証し、リスクを制御する「モデルリスク管理」の専門性が求められている。
- 法規制の整備:EU AI法や日本のAI事業者ガイドラインなど、AI関連の規制環境が整備されつつある。
- スキルの多様化:「規制・法令の知識」と「AI・データの素養」を組み合わせたスキルセットが重要性を増している。
リスク管理・コンプライアンスの専門性に、AIガバナンスやモデルリスク管理という新たな視点を加えることで、キャリアの可能性を広げることができます。
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