金融業界における生成AIの活用は、2024年の実証実験段階を経て、2025年現在、本格的な業務実装へ向けた移行期を迎えています。特に銀行・証券・保険といった金融機関において、経営企画やDX推進部門が主導する「社内版GPT」および「RAG(検索拡張生成)」の構築プロジェクトが進行しており、組織のナレッジマネジメントに大きな変革をもたらしつつあります。
本稿では、膨大な規定やマニュアルを抱える金融機関が、いかにして独自データをAIに学習させ、業務変革に取り組んでいるのかを解説します。さらに、そのプロジェクトを牽引する人材に求められるスキルセットと、今後評価される「企画・DX職」のキャリア像を紐解きます。
金融実務とRAG(検索拡張生成)の必然性
なぜ今、金融機関で「RAG」が注目されているのでしょうか。それは、金融業務特有の「情報の機密性」と「ルールの膨大さ・厳格さ」に起因します。
汎用LLMの限界と「ハルシネーション」のリスク
日本銀行の分析によれば、生成AIには「ハルシネーション(生成AIが事実と異なることをもっともらしく回答する)」など、特有のリスクが存在します。一般的な生成AIは、各金融機関内部の規定や最新の通達を知らないため、社内業務に関する質問に対して不正確な情報を生成するリスクがあります。また、金融庁のディスカッションペーパーでも指摘されているように、顧客情報や未公開情報をパブリックなAIに入力することは、セキュリティ上、厳格に管理される必要があります。
独自データを参照させるRAGの仕組み
この課題を解決する技術が RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成) です。これは、生成AIが回答を作成する際、あらかじめ指定した「社内データベース(規定、マニュアル、過去の稟議書など)」を検索し、その情報を根拠として回答を生成する仕組みです。
これにより、金融機関はセキュリティを担保した閉域網の中で、社内固有のルールに基づいた正確な回答を得ることが可能になります。
企画・管理業務の変質:「調査」から「意思決定」へ
RAGの導入により、企画職や管理職の業務フローは変化しつつあります。これまでの業務時間の多くを占めていた「情報の探索・整理」が効率化され、より高度な「判断」に時間を割けるようになる可能性があります。
想定される業務変化
1. コンプライアンス・法務確認の迅速化
従来、企画担当者は新規プロジェクトの立ち上げに際し、関連する業法(銀行法、金商法等)や監督指針、社内規定を網羅的に調査する必要がありました。RAGを活用することで、社内規定や関連文書の検索時間を大幅に短縮できる可能性があります。
2. 稟議書・経営会議資料の作成支援
過去の類似案件の稟議書や、関連するプロジェクトデータをAIに参照させることで、資料の骨子作成を支援できる可能性があります。企画職は、AIが作成したドラフトをベースに、戦略的な含意(インプリケーション)の追記や、ステークホルダーとの調整にリソースを集中させることができると期待されています。
3. ナレッジの形式知化と継承
社内に蓄積された「過去の経緯」や「特例対応の履歴」をデータ化し、RAGに組み込む取り組みが進められています。属人化していたノウハウがAIを通じて共有されることで、組織全体の生産性向上が期待されています。
求められる「DX・企画人材」の要件
システムが高度化する一方で、それを使いこなす「人間」のスキルセットもアップデートが不可欠です。
必要とされる能力
ビジネス課題の構造化能力
現場の課題を、「どのデータを」「どのようなロジックで」AIに処理させれば解決するかという要件定義に落とし込む力が求められます。
データガバナンスへの理解
RAGの精度は、参照するデータの質に依存します。非構造化データ(PDFや画像)をAIが読み取りやすい形式に整備する知識や、アクセス権限の管理など、データマネジメントを指揮できる能力が重要です。
プロンプトエンジニアリング×ドメイン知識
金融特有の用語や文脈を理解した上で、AIから最適な回答を引き出すための指示(プロンプト)を設計するスキルが必要とされています。これは金融業務に精通していなければ困難な作業です。
技術とビジネスの橋渡し
エンジニアと現場・経営層の間に立ち、双方の言語を翻訳できる「ブリッジ人材」としての役割が重要性を増しています。ベンダーと協働し、社内データ整備を主導できる人材が求められています。
AI活用を見据えたキャリア形成
評価されるスキルの変化
金融機関のAI活用においては、単にAIツールを使えるだけでなく、AIの実装を契機として既存の業務プロセス(BPR)をどこまで深く見直せたかという観点が重要になると考えられます。
例えば、「RAGを導入して規定検索を早くした」という成果よりも、「RAG導入に合わせて、検索されやすいように規定集のフォーマット自体を改定し、結果として問い合わせ対応業務そのものを見直した」という取り組みの方が、より高度な貢献として評価される可能性があります。
キャリア開発の方向性
金融機関における生成AI・RAGの実装は、単なるツールの導入ではなく、組織の意思決定プロセスを再構築するプロジェクトです。
現在求められているのは:
- AIと金融実務の双方を理解し、データ整備から推進できる人材
- 業務プロセス全体を俯瞰し、再設計できる視点
- 関係者を巻き込み、プロジェクトを推進できるマネジメント力
今後、このようなスキルセットを持つ人材が、経営企画やDX推進のリーダーポジションで活躍することが期待されます。
まとめ:変革期における人材の役割
金融機関における生成AI・RAGの実装は現在進行形のプロジェクトであり、今後数年間でさらに加速していくと予想されます。
本記事のポイント
- 金融実務では、独自データをセキュアに活用する「RAG」構築が進展している
- 企画・管理職の業務は、情報収集の効率化により「意思決定・戦略立案」により多くの時間を割ける可能性がある
- AIと金融実務の双方を理解し、データ整備から推進できる人材が求められている
金融業界のDXは、技術の導入だけでなく、それを使いこなし、業務プロセスを再設計できる人材によって実現されます。
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