2025年上期のM&A採用市場を分析。拡大続くマーケット、今後の注目トピックは「PEファンド」

 日本のM&A市場は、事業承継や企業再編のニーズを背景に活況を呈しています。それに伴い、M&A関連人材の採用も拡大傾向にあります。本記事では、2025年上期までの求人動向をもとに、下期の市場予測と人材の動きを分析しました。

M&A関連人材の採用動向

採用マーケットは引き続き拡大

 中小企業の事業承継問題や、M&Aニーズの拡大を背景に、日本企業のM&A件数は増加傾向にあります。これを受けて、M&A支援機関(M&A仲介、コンサルなど)の数も増加しています。中小企業庁によると、2025年2月18日時点で登録されているFA及び仲介業者は、2,841件にのぼります。設立年代別登録件数で見ても、2010年代は930件だったのが、2020年代には1,593件に増加しています。

 当社におけるM&A関連の求人件数も、昨年に引き続き増加傾向にあり、未経験者のポテンシャル採用の拡大傾向も続いています。

株式会社コトラにおけるM&A関連の求人数の推移

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2025年6月30日時点

 M&A関連人材は以下のような企業中心に増加しており、こうした現場で担う職種・業務は多岐にわたります。

企業 M&A仲介企業、M&Aブティック、FAS、投資銀行、事業会社のM&A部門
職種・業務内容 FA(アドバイザリー)、デューデリジェンス、バリュエーション、PMI、ストラテジー

 中でも求人数が増えているのは、M&A仲介、M&Aアドバイザリー、事業会社です。特定の領域に限らず、様々なセクターで需要があります。

M&A関連人材に求められるスキル

 これらの企業や職種に求められるのは、営業力やファイナンススキルなどのそれぞれの業務に応じた実務能力です。

M&A仲介

 M&A仲介で最も重視されるのは、営業力です。中小企業の経営者と信頼関係を築き、新規案件を獲得するスキルが求められます。

 次に重視されるのが、一定レベルのファイナンススキルです。企業のB/SやP/Lをもとに、価格算定の根拠を説明する必要があるため、財務諸表を読み解く力が不可欠です。簿記2級以上の資格保有者か、日常的に決算書等を扱う経験者が評価されやすい傾向にあります。

FA(アドバイザリー)

 FAで最も重視されるのは、ファイナンススキルです。営業力はそれほど求められませんが、財務分析力やモデリングスキルといった専門性が重視されます。具体的には、決算書を正確に読み解く力をはじめ、財務モデリングやバリュエーション(企業価値評価)の実務経験があると評価が高まります。さらに、LBO(レバレッジド・バイアウト)ローンの実務経験がある人材は、特に高く評価されます。

 また、財務デューデリジェンスの経験がある人材は、FAS業務との親和性が高いため、採用対象として優先されやすい傾向にあります。公認会計士(CPA)や米国公認会計士(USCPA)といった資格を有している場合も、専門知識の裏付けとして大きなアドバンテージになります。

PMI、ストラテジー

 PMI、ストラテジーは、M&Aを成立前後の統合プロセスや経営戦略の策定・実行が中心となります。そのため、M&Aを実行する上でのスキルセットは必須ではありません。M&Aによって企業がどのように変わり、どう成長していくかという「統合後のビジョン」を描く力が求められます。

M&A市場が拡大する背景

中小企業においてはPEファンドを経由したM&Aが増加

 中小企業庁によると、経営者の高齢化により後継者不在の企業が増えています。こうした中小企業の事業承継問題は、昨年に引き続き顕在化しており、事業承継の手段としてM&Aが活用されるケースが増加しています。これがM&A仲介市場の拡大を支える大きな要因となっています。

 加えて近年では、「成長戦略型M&A」も中小企業の間で増えつつあります。自社単体での成長余地が限られる中で、M&Aを通じて規模拡大や競争力強化を図る動きです。
 特に注目されているのがPE(プライベート・エクイティ)ファンドを経由したM&Aの増加です。また、PEファンドによる企業再編やIPO支援も活発化しており、中小企業の成長支援手段としてのPEファンドの存在感が高まっています。

コーポレートカーブアウト(大企業による事業売却)の増加が続く

 上場企業の間では、コーポレートカーブアウトやTOB(株式公開買い付け)の案件が増加傾向にあります。非中核事業を外部に切り出すことで、中核事業に経営資源を集中し、収益の向上性を図ることや、非中核事業をより成長させることなどを目的としています。

 かつては、こうした大型案件は大手投資銀行が主導し、主要なセクターのトップ企業を対象とするのが一般的でした。しかし、現在は中堅企業やTier2以下の企業にもニーズが広がりつつあり、こうした領域にもビジネスチャンスを見出し、アプローチする業者が増えています。また、M&A仲介会社が投資銀行のような機能を担うケースも出ています。

日本のマーケットが株主を重視する方向に

 もう一つの大きな流れとして、日本市場全体が「株主を重視する」方向にシフトしつつあることが挙げられます。最近では、米大手投資会社KKRが「今後10年で日本に1兆円を投資する」と発表し、大きな注目を集めました。

 例えば、2025年6月、トヨタグループが株式会社豊田自動織機の株式のTOBを行い、株式非公開化をすると発表したことも、ガバナンス意識の変化だといえます。このように、企業が「株主利益の最大化」を意識する動きは加速しています。これにより、日本市場が投資家にとって魅力的な環境になりつつあり、海外機関投資家の注目度が高まっています。

2025年下期のM&A市場におけるマーケットの予測

PEファンドの活用の増加が見込まれる

 2025年下期はM&A市場において、PEファンドの動きがさらに活発化すると予想されます。これまでも一定の取引件数はありましたが、最近ではその勢いが一段と強まっている印象です。

 実際に、PEファンドとのネットワークを構築し、案件を獲得する専任のチームやポジションを新設する企業も増えており、業界として明確に「PEファンド強化」にシフトし始めています。売却・買収のいずれにおいても、PEファンドを起点とした案件のボリューム増加が、2025年下期のマーケットを押し上げる要因の一つとなるでしょう。

PEファンド、アドバイザリーを目指す人材の流入が加速

 M&A市場のプレイヤー側の動きに合わせて、人材の流れにも明確な変化が表れています。特にPEファンドをキャリアの選択肢と捉える人材が急増しており、「まずはFA(アドバイザリー)としてスキルを磨き、PEファンドへ」というキャリアルートが定番化しつつあります。特に中小企業を対象としたPE投資やM&Aの領域では、今後も人材の流動性が高まる見込みです。

 一方でPEファンド側も、M&Aの実務経験者を強く求めています。この影響で、M&A仲介からアドバイザリーへの転職希望者が増加しているほか、新卒であえてM&A仲介を選び、アドバイザリーへ転職を希望する若手も目立つようになってきました。アドバイザリーを目指す人の流れは、今後非常に強化されることが予想されます。

この記事を書いた人

青島志朗

[ 経歴 ]
名古屋大学・同大学院修了後、証券会社で富裕層営業、リクルートでキャリアコンサルタントとして従事。その後、M&A業界での就労を経てコトラに参画。M&A関連ポジションを中心に年間30名程度の支援実績を有する。

[ 担当業界 ]
M&A(投資銀行、FAS、M&A仲介、M&Aブティック、銀行、商社、事業会社、監査法人、税理士法人における関連ポジション)