オペレーショナルリスクの基本
オペレーショナルリスクの定義
オペレーショナルリスクとは、従業員の対応、業務の進め方、システム、外部で起こる出来事などが原因となり、企業が損失を被るリスクです。日常業務のなかで起こるミスや不正、システムトラブル、災害などが対象となります。
金融分野では、一般に「不十分または失敗した内部の手続き、人、システム、外部事象によって損失が生じるリスク」と整理されます。法令違反や契約上の問題に伴う損失も含まれます。一方で、経営戦略そのものの失敗や、評判の低下だけによる損失は、通常は別のリスクとして扱われます。
対象となる損失と影響
オペレーショナルリスクによる損失は、返金、補償、罰金、復旧費用といった直接的な金銭損失に限られません。業務停止による売上機会の損失、顧客対応にかかる人件費、取引先との関係悪化なども、企業活動に大きな影響を与えます。
例えば、顧客情報を誤って第三者に送信した場合、調査や本人への連絡、再発防止策の実施が必要になります。結果として、通常業務に割ける時間が減り、信頼の低下につながるおそれがあります。
管理が重要になる背景
業務のデジタル化や外部委託の拡大により、企業活動は多くの人、システム、取引先に支えられるようになりました。その分、一つのミスや障害が広い範囲に波及する可能性も高まっています。
また、個人情報の保護、不正防止、サイバー攻撃への対応など、企業に求められる管理水準は高まっています。問題が起きてから対応するだけでは損失を抑えにくいため、事前にリスクを把握し、予防と早期対応の仕組みを整えることが重要です。
企業活動における位置付け
オペレーショナルリスク管理は、特定の部署だけが担うものではありません。営業、経理、人事、情報システム、法務、現場の各部門が、それぞれの業務に潜むリスクを管理する必要があります。
経営層は、企業全体としてどのようなリスクを重視するかを定め、必要な人員や予算を配分します。管理部門はルールや点検の仕組みを整え、現場は日々の業務でルールを実行します。このように役割を分けながら、組織全体で管理することが基本です。
オペレーショナルリスクの主な分類
人に関するリスク
人に関するリスクには、入力ミス、確認不足、知識不足、引き継ぎ不足、内部不正などがあります。業務が複雑であったり、担当者に作業が集中していたりすると、ミスや不正を見つけにくくなります。
退職者や異動者のアカウントが適切に削除されていない場合も注意が必要です。不要な権限が残れば、情報の持ち出しや不正利用につながるおそれがあります。
業務手順に関するリスク
業務手順に関するリスクは、ルールや確認方法が不十分であること、実際の運用が定めた手順と異なることなどから生じます。例えば、申請と承認を同じ担当者が行える仕組みでは、誤りや不正を防ぎにくくなります。
手順書が古いまま更新されていない、例外対応が担当者ごとに異なる、チェックが形式化しているといった状態もリスクです。業務の変更に合わせて、手順や承認の流れを見直す必要があります。
システムに関するリスク
システムに関するリスクには、障害、データ消失、設定ミス、アクセス権限の不備、保守不足などがあります。基幹システムや業務用のクラウドサービスが使えなくなれば、受発注、支払い、顧客対応などが止まる可能性があります。
システム導入時だけでなく、更新や連携の変更時にも注意が必要です。変更内容を十分に確認せずに本番環境へ反映すると、想定外の不具合やデータの誤りを招くことがあります。
外部環境に関するリスク
外部環境に関するリスクには、地震、風水害、感染症の流行、停電、通信障害、サイバー攻撃、取引先の破綻などがあります。自社内の管理だけでは防げない事象も多いため、発生を前提に備える考え方が重要です。
特定の仕入先、物流会社、外部システムに依存している場合、その先で問題が起こると自社の業務も停止するおそれがあります。取引先や委託先の管理も、オペレーショナルリスク対策の一部です。
オペレーショナルリスクの具体例
情報漏えいと不正利用
情報漏えいは、メールの宛先間違い、添付ファイルの誤送信、書類の紛失、アクセス権限の設定不備、不正アクセスなどによって起こります。顧客情報や従業員情報、営業上の機密情報が外部へ流出すると、本人への影響だけでなく、企業の信頼にも大きく影響します。
対策としては、重要な情報へのアクセスを必要な人に限定すること、送信前の確認を仕組み化すること、端末やデータを暗号化することなどが挙げられます。万が一漏えいが疑われる場合に備え、連絡先や初動対応の手順も決めておく必要があります。
事務ミスと手続き漏れ
請求金額の誤り、振込先の登録ミス、契約更新の漏れ、期限までに必要な手続きを行わないことなどは、身近なオペレーショナルリスクです。一件ごとの影響が小さく見えても、件数が増えれば大きな損失や顧客からの苦情につながります。
作業者による入力と別の担当者による確認を分ける、システム上で入力チェックを行う、期限を一覧で管理するといった方法は、事務ミスの抑制に役立ちます。ただし、確認作業が単なる形式にならないよう、重要度に応じて確認の方法を設計することが大切です。
不正行為と権限の不正利用
不正行為には、架空取引、不正な支払い、経費の水増し、データの改ざん、顧客情報の持ち出しなどがあります。不正を行う機会があり、発見されにくく、本人に動機がある状況では、不正が起きる可能性が高まります。
対策の基本は、権限を一人に集中させないことです。申請、承認、支払い、記録の役割を分け、重要な取引は複数人で確認します。加えて、権限の付与状況を定期的に点検し、異動や退職に応じて速やかに見直す必要があります。
システム障害とサイバー攻撃
システム障害では、機器の故障、設定変更の失敗、容量不足、外部サービスの停止などにより、業務システムが利用できなくなることがあります。復旧に時間がかかれば、受注や決済、顧客対応などに影響が及びます。
サイバー攻撃では、悪意のあるメールをきっかけにした不正侵入、データの暗号化を伴う攻撃、サービスを利用しにくくする攻撃などが想定されます。対策として、ソフトウェアを最新の状態に保つこと、多要素認証を活用すること、データのバックアップを確保すること、従業員への注意喚起を継続することが重要です。
災害や取引先の問題による業務停止
自然災害や大規模な停電により、拠点へ出勤できない、物流が止まる、通信が利用できないといった事態が起こることがあります。また、主要な取引先や委託先でトラブルが発生し、部品やサービスを受けられなくなるケースもあります。
こうした事態に備えるには、重要業務を特定し、優先して復旧する順番を決めておくことが必要です。代替拠点、在宅勤務の手段、代替の取引先、連絡網などを準備し、実際に機能するかを定期的に確認します。
信用リスク・市場リスクとの違い
信用リスクとの違い
信用リスクとは、取引先や借り手が支払いを行えなくなり、貸付金や売掛金を回収できないなどの損失が生じるリスクです。主な原因は、相手方の財務状況の悪化や債務不履行です。
これに対してオペレーショナルリスクは、自社または委託先の業務運営に関わる問題から生じます。例えば、取引先が倒産して売掛金を回収できない場合は信用リスクですが、担当者の登録ミスにより誤った相手に送金した場合はオペレーショナルリスクです。
市場リスクとの違い
市場リスクとは、金利、為替、株価、商品価格などの変動により、保有する資産や取引の価値が変わるリスクです。市場環境の変化が損失の主な要因となります。
一方、オペレーショナルリスクは、相場の変動そのものではなく、取引の入力ミス、承認漏れ、システム障害など、業務の運用面に原因があります。例えば、為替相場の変動で損失が出ることは市場リスクですが、取引量を誤って入力して損失が拡大することはオペレーショナルリスクです。
複数のリスクが同時に起こるケース
実務では、複数のリスクが同時に発生することがあります。取引先の経営悪化で信用リスクが高まる場面では、契約書や担保の管理が不十分であれば、オペレーショナルリスクも問題になります。
また、市場が大きく変動する局面では、取引件数の増加や対応時間の短縮によって、入力ミスや確認漏れが起こりやすくなります。リスクの種類を分けて考えつつ、相互に影響する可能性も踏まえることが必要です。
リスクを分けて管理する必要性
リスクごとに原因や対策が異なるため、分けて管理することが重要です。信用リスクには取引先の審査や与信限度の管理、市場リスクには取引上限の設定や価格変動の確認が必要です。
オペレーショナルリスクには、業務手順の整備、権限管理、システム対策、教育、事故後の改善といった対応が求められます。分類を明確にすることで、担当部署や対応方法を定めやすくなり、見落としを減らせます。
金融業界におけるオペレーショナルリスク
バーゼル規制における位置付け
バーゼル規制は、国際的に活動する銀行などを対象に、健全性を保つための考え方を示す枠組みです。この枠組みでは、信用リスク、市場リスクと並び、オペレーショナルリスクも自己資本の十分性を考えるうえで重要なリスクと位置付けられています。
金融機関は、多額の資金や重要な顧客情報を扱い、決済や取引を継続する役割を担います。そのため、事務ミスやシステム障害、不正が発生した場合の影響が大きく、管理体制の整備が求められます。
自己資本とオペレーショナルリスクの関係
自己資本は、企業が損失を吸収するための基盤となる資金です。金融機関では、信用リスクや市場リスクだけでなく、オペレーショナルリスクによる損失にも備える必要があります。
バーゼル規制では、オペレーショナルリスクに対する必要資本を算定する枠組みが設けられています。近年の国際的な枠組みでは、業務規模を示す要素や、過去の損失に関する情報を踏まえる標準的な方法が採用されています。具体的な適用方法は、各国・地域の規制や金融機関の区分によって異なります。
損失事例の記録と活用
金融機関では、事務事故、不正、システム障害、外部からの犯罪行為などによる損失事例を記録し、分析する取組が重要です。損失額だけでなく、発生日時、原因、影響範囲、対応内容、再発防止策を整理することで、同じ問題の繰り返しを防ぎやすくなります。
小さなミスや損失に至らなかった事案も、重要な情報です。重大事故の前兆となる場合があるため、現場から報告を集め、傾向を確認することが求められます。
金融業界以外にも応用できる考え方
金融機関で発展してきた考え方は、他業種でも活用できます。例えば、リスクを洗い出して影響を評価すること、事故や不具合を記録すること、重要な業務に優先して対策を講じることは、業種を問わず有効です。
すべてのリスクを完全になくすことは現実的ではありません。自社の事業内容や扱う情報、業務の重要度に応じて、優先順位をつけながら対策を進めることが重要です。
オペレーショナルリスクを管理する手順
リスクの洗い出しと評価
最初に、業務の流れを確認し、どこでミス、不正、障害、情報漏えいが起こり得るかを洗い出します。現場への聞き取り、業務手順書の確認、過去の事故記録の分析などを組み合わせると、実態に即した把握につながります。
洗い出したリスクは、発生する可能性と、発生した場合の影響の大きさで評価します。発生頻度が低くても、事業継続や顧客情報に大きな影響を与えるものは、優先的に対策を検討する必要があります。
業務手順と権限の見直し
リスクを把握したら、業務手順と権限の設計を確認します。重要な取引や支払いでは、担当者だけで完結しないよう、申請、承認、実行、記録の役割を分けることが基本です。
ただし、確認者を増やすだけでは業務が滞り、かえって形だけのチェックになりかねません。金額、扱う情報、業務停止時の影響などに応じて、確認の水準を変えることが実務的です。
予防策と発生時の対応策の整備
予防策には、アクセス権限の管理、入力時のチェック、二重承認、バックアップ、監視、教育などがあります。リスクの原因に合わせて、複数の対策を組み合わせることが有効です。
あわせて、事故が発生した場合の対応策も整備します。誰が事実を確認し、誰へ報告し、どのように業務を継続・復旧するかを明確にします。情報漏えいやシステム障害では初動の遅れが影響を広げるため、緊急時の連絡体制を事前に確認しておくことが大切です。
事故や損失の記録と原因分析
事故が起きた場合は、損失額だけでなく、発生した経緯、直接的な原因、背景にある要因、実施した対応を記録します。担当者の注意不足だけを原因とするのではなく、手順、教育、システム、権限、業務量などの面から確認することが必要です。
原因分析の目的は、責任を追及することではなく、再発防止につなげることです。対策を決めた後は、担当者、期限、確認方法を明確にし、実行状況を追跡します。
定期的な点検と改善
業務内容、組織、システム、取引先、法令などは変化します。一度作ったルールや対策をそのままにすると、実態と合わなくなるおそれがあります。
定期的に点検を行い、手順が守られているか、新たなリスクが生じていないか、対策が十分に機能しているかを確認します。点検結果をもとに改善を繰り返すことが、実効性のある管理につながります。
オペレーショナルリスク対策を定着させるポイント
経営層から現場まで役割を明確にする
対策を定着させるには、経営層、管理部門、現場の役割を明確にする必要があります。経営層はリスク管理の方針を示し、重要な課題に対して判断と資源配分を行います。管理部門はルールや点検の仕組みを整え、現場は定められた手順を実行します。
責任の所在が曖昧だと、問題が起きた際に対応が遅れます。重要なリスクごとに責任者を定め、報告先と対応の流れを共有しておくことが大切です。
報告しやすい職場環境をつくる
小さなミスや違和感を早い段階で報告できれば、大きな事故を防げる可能性があります。そのためには、報告した人だけを責めるのではなく、事実を把握し、仕組みを改善する姿勢が必要です。
もちろん、故意の不正や重大なルール違反には適切な対応が必要です。一方で、通常の業務で起こり得るミスについては、個人の問題だけで終わらせず、再発しにくい業務設計につなげることが重要です。
教育と訓練を継続する
ルールを作るだけでは、リスク管理は機能しません。新入社員や異動者への教育に加え、情報管理、不正防止、サイバー攻撃への対応、緊急時の連絡方法などを継続的に周知する必要があります。
特に、実際に起こり得る場面を想定した訓練は有効です。情報漏えいの疑いがある場合や、システムが停止した場合に、誰が何を行うのかを確認しておくことで、緊急時の対応力を高められます。
重要な指標を用いて効果を確認する
対策の効果は、感覚だけで判断せず、継続的に確認することが重要です。例えば、事故やヒヤリとした事案の件数、対応完了までの時間、未解決の改善事項、教育の受講状況、権限見直しの実施状況などを指標として活用できます。
指標を見る際は、件数が減ったことだけで判断しないよう注意が必要です。報告しにくい環境になり、表面上の件数だけが減っている可能性もあります。報告内容や原因の傾向も確認しながら、対策が実際のリスク低減につながっているかを評価します。














