国内市場が成熟期を迎える中、収益源の多角化を図る日本のメガバンクにとって、アジア市場は最も有望な成長フロンティアとなっています。本稿では、各メガバンクの具体的な戦略や競争環境を整理し、今後の課題とその突破口を探ります。
1. 国内市場の限界とアジア市場への成長シフト
日本のメガバンクが海外に目を向けざるを得ない理由は、国内市場の深刻な構造変化にあります。少子高齢化と人口減少は、企業の設備投資や個人の住宅ローンといった従来の融資需要を徐々に縮小させているからです。さらに、現在は金利上昇局面にありますが、今までのマイナス金利政策の長期化により、預金と貸出の利ざやが薄くなったため、国内での収益確保が難しい状態が続いたのです。
一方、アジア市場、特にASEAN諸国は、高い経済成長率と活気あふれる人口動態が特徴です。国際通貨基金(IMF)の予測によると、ASEAN5カ国(インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナム)の経済成長率は、今後も世界平均を上回るペースで推移すると見込まれています。この成長を支えているのが、可処分所得を増やし、消費を牽引する中間層の急拡大です。彼らのうち、注目すべきは「アンバンクド」(銀行口座を持たない人々)の存在です。伝統的な銀行サービスを利用できない一方で、スマートフォンの所持率は高いため、デジタル金融サービスを普及させることが可能となっており、日本のメガバンクはここにビジネスチャンスを見出したということです。
2. メガバンク各行のアジア進出戦略
日本のメガバンクは、アジア市場でそれぞれ異なる戦略を駆使してプレゼンスを高めています。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)
MUFGは、アジアを「第二のマザーマーケット」と位置づけ、現地銀行への出資を通じて「マルチプラットフォーム戦略」を推進しています。タイのアユタヤ銀行を中核に据え、インドネシアのバンク・ダナモン、フィリピンのセキュリティバンク、ベトナムのヴィエティンバンクといった現地の有力銀行と資本業務提携を結んでいます。これらのパートナーバンクのネットワークを相互活用することで、ASEAN全域にまたがる強固な金融経済圏を構築しようとしています。パートナーバンクが持つローカル企業や個人顧客に対し、日系企業とのビジネスマッチングやサプライチェーンファイナンスを提供することで、新たな収益機会を生み出す戦略です。
特に、アユタヤ銀行の買収にはMUFGの戦略を見て取ることができます。2013年に連結子会社化しましたが、同行の現地ブランド名「Krungsri」と経営体制を維持し、MUFGの名前を冠することはありませんでした。これは、長年にわたってタイ国民に親しまれてきたブランドを尊重し、現地の顧客や従業員からの信頼を失わないための戦略的な判断と言えます。結果として、Krungsriはタイ国内での競争力を維持しつつ、MUFGの資金力とノウハウを活用して、タイ国内での事業拡大とデジタルトランスフォーメーションを加速させました。
三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)
SMFGは、「アジアに第2、第3のSMBCグループをつくる」というスローガンのもと、インドネシア、インド、ベトナム、フィリピンを重点国とする「マルチフランチャイズ戦略」を推進しています。この戦略は、単に現地企業に出資するだけでなく、リテールを含むフルラインの金融サービスを展開することで、現地に根差した強力な事業基盤を築くことを目指しています。
その先駆けとなったのが、インドネシアのバンクBTPNです。SMFGは2013年にバンクBTPNへの出資を開始し、2019年にはホールセールに強みを持つ同行の現地法人、インドネシア三井住友銀行と合併させ、子会社化しました。この統合によって、SMFGは、日系企業や現地の大企業向けサービスに加え、バンクBTPNが培ってきた中小企業・個人向けのリテールビジネスという、両方の強みを併せ持つフルバンキング体制を確立しました。
バンクBTPNの革新的なデジタル戦略
バンクBTPNは、インドネシアの金融市場が抱える課題、特に銀行口座を持たない膨大な人口(アンバンクド)への対応にいち早く着目しました。その中核となるのが、以下の革新的なサービスです。
- 「BTPN Wow!」: 銀行支店がない地方や貧困層でも利用できるモバイルバンキングサービス。フィーチャーフォン(ガラケー)でも利用可能で、地域に配置されたエージェントを通じて現金での預金や引き出し、送金などを可能に。これにより、SMFGはコストを抑えながら、広大なインドネシア全土で金融包摂を推進し、新たな顧客層を短期間で獲得することに成功。
- 「Jenius」: 若い世代や中間層をターゲットにした、スマートフォン専用のデジタルバンク。口座開設から資産管理、決済まで、すべての銀行サービスをスマートフォンで完結できるユーザーフレンドリーなサービスを提供。
「マルチフランチャイズ戦略」の具体的な展開
SMFGは、バンクBTPNで成功したこれらのデジタル小口融資や金融包摂のノウハウを、他のアジア重点国へ展開しています。
例えば、インドではノンバンク事業を手掛けるSMFG India Credit Companyを子会社化し、地方農村部へのサービス提供を通じて金融包摂に取り組んでいます。ベトナムでは、消費者金融大手のFE Creditに出資し、ノウハウを供与することで、現地での事業拡大を支援しています。
このようにSMBCグループは、各国の経済・人口構成に最適な現地の金融機関を「フランチャイズ」として組み込むことで、日本国内で培ったノウハウと、現地の知見や顧客基盤を掛け合わせたハイブリッドな成長モデルを構築しています。これにより、日系企業への支援にとどまらず、現地の中小企業や個人顧客も取り込み、アジア市場での収益機会を最大化しようとしているのです。
みずほフィナンシャルグループ(みずほFG)
みずほも、2021年にベトナムのM-Service(MoMo)へ出資しました。これを機に、ベトナムのデジタル金融サービスや金融包摂の強化に取り組んでいます。また、同行はフィリピンのデジタル銀行Tonik Financialに対しても出資・協業を進めており、他2行と同様に、アジアへの戦略的な展開を進めていることが確認できます。
昨今、アジア新興国におけるデジタル戦略の一環として、AIによる信用スコアリングの活用が注目されています。銀行口座を持たない「アンバンクド」層は、従来の与信判断に必要な取引履歴や資産情報がないため、従来型の銀行ローンを利用できません。これに対し、現地の通信事業者やフィンテック企業が保有するモバイル通信データや決済データなどの非金融データをAIで分析し、新たな信用判断基準を構築する取り組みが進んでいます。例えば、スマートフォンのデータ通信量、利用頻度、通話履歴といった行動データから個人の信用度を推測し、これまで融資対象外だった層にも迅速かつ適切な少額ローンを提供することが可能になります。
こうした手法は、フィリピンやインドネシアなど東南アジアで既に商用化されており、RCBC銀行(フィリピン)とフィンテック企業Bizbazによる中小企業向け与信モデルや、フィリピンのデジタル銀行Tonikによるアンバンクド層向けAI審査などが代表例です。これらは、金融包摂の加速と貸倒リスクの抑制を両立するモデルとして注目されています。
日本のメガバンクにおいてこうした事例は未だ限定的ですが、MUFGは2020年にイスラエルのスタートアップLiquidity Capital社と合弁会社Mars Growth Capitalをシンガポールに設立し、AI技術活用の与信モデルを用いて海外のスタートアップへファイナンスを行っており、今後さらに展開することが予想されます。
3. アジア市場の競争環境と日本勢の立ち位置
アジア市場では、欧米、中国、シンガポール系、そして地元のローカル銀行が激しい競争を繰り広げています。
- 欧米大手銀行: 大規模な国際金融取引やプライベートバンキングなど、高度な専門性を要する分野に強み。
- 中国系銀行: 「一帯一路」経済圏における大規模なインフラ融資やプロジェクトファイナンスにおいて、政府支援と潤沢な資本を背景とする圧倒的な存在感。
- シンガポール系銀行: ASEAN域内での強固なネットワークと、DBS銀行に代表される先進的なデジタル化推進力で、小口融資や決済領域で急速にシェアを拡大。
- ローカル銀行: 地域密着型のネットワークと、日本勢よりもはるかに速い意思決定スピードを武器に、中小企業や個人顧客を取り込む。
このような環境の中で、日本のメガバンクの強みは「長期的な信頼関係構築力」と「日系企業の強固なネットワーク」にあります。特に、日系企業がアジアで構築する複雑なサプライチェーン全体を支援するファイナンスには、日本のメガバンクの厳格なリスク管理と長期的な視点が不可欠です。しかし、ローカル銀行やフィンテック企業に比べ、意思決定のスピードや小口取引における価格競争力では劣る場面もあります。
4. 成長を加速させる「次の一手」
日本のメガバンクがアジア市場で持続的に成長するには、以下の4つの課題を突破する必要があります。
デジタルサービスの現地化
現地の若い世代は、銀行店舗ではなくスマートフォンを介した金融サービスを求めています。単にアプリを開発するだけでなく、UI/UXを現地の商習慣や文化に合わせて最適化することが不可欠です。
現地人材とガバナンスの強化
買収した現地銀行の組織文化と日本企業文化をどう融合させるかは、常に大きな課題です。現地市場のニーズを的確に捉えるには、現地幹部を積極的に登用し、権限を委譲することで、迅速な意思決定を可能にするガバナンス体制を構築する必要があります。
サステナブル金融の推進
環境・社会・ガバナンスを重視したESG融資や、グリーンボンドの引受支援は、アジア市場で今後ますます重要度が増していきます。インフラ整備や再生可能エネルギー開発が急務となる新興国において、この分野で貢献することは、単なるビジネス機会の獲得にとどまらず、メガバンクのブランド価値向上にも繋がります。
クロスボーダーサービスの強化
アジア域内のサプライチェーンは複雑化しており、企業は国際送金や資金管理の効率化を強く求めています。法人・個人の垣根を越え、複数の国にまたがるシームレスな資金管理サービスや、資産運用ソリューションを提供することで、競合との差別化を図ることができます。
5. まとめ
アジア市場は、今後10年間にわたる日本のメガバンクの成長を左右する最大の舞台です。現地銀行の買収・提携による即時的なプレゼンス確立と、デジタル技術を活用した低コストでの顧客基盤拡大という、二つの戦略を巧みに組み合わせることが成功の鍵となります。
それぞれの国・地域の文化や経済状況に柔軟に対応しながら、現地パートナーとの協業を深化させることが、激化するアジア市場の競争を勝ち抜くための不可欠な要素と言えるでしょう。
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