はじめに
本記事の目的
本記事では、富裕層を中心に注目されている「ウェルスマネジメント」と、混同されやすい「アセットマネジメント」について、その定義、サービス内容、対象顧客層、歴史的背景、金融機関における位置づけなどの観点から、両者の決定的な違いを詳細に解説します。
近年注目される背景
近年、富裕層の増加と彼らへの課税強化が進む中で、資産を効率的に増やし、保全し、次世代へ円滑に引き継ぐことの重要性が高まっています。2013年以降、富裕層世帯の数と総資産は増加傾向にあり、資産形成のプロセスも多様化しています。また、2023年度税制改正では超富裕層への税負担強化や相続税の生前贈与加算期間延長が決定されるなど、富裕層にとって節税や相続対策のニーズが増しています。このような背景から、包括的な資産管理サービスであるウェルスマネジメントが特に注目を集めています。
ウェルスマネジメントとは
定義と特徴
ウェルスマネジメント(Wealth Management)は、富裕層や高所得者を対象に、資産の最適化や保全を行う総合的な管理サービスを指します。単なる資産運用にとどまらず、投資、税務対策、相続対策、事業承継、不動産コンサルティング、資金調達支援など、顧客の多岐にわたるニーズに応える包括的なサービスが特徴です。専門的な知識と経験を持つチームが、顧客一人ひとりに合わせたオーダーメイドのソリューションを提供します。その起源は11世紀のスイスのプライベートバンクにまで遡ると言われています。
プライベートバンキングとの違い
ウェルスマネジメントとプライベートバンキングは、どちらも富裕層向けの資産管理サービスであり、しばしば同じ意味で使われます。しかし、厳密にはサービス内容に違いがあります。
- プライベートバンキング
- 銀行のプライベートバンキング部門が、自行の審査を通過した富裕層に対し個別にサービスを提供します。
- 専任のプライベートバンカーが資産運用方法を提案し、銀行が提供する投資商品や預金、ローンの活用が主な手段となります。
- 基本的に銀行取引の範囲内でサービスが提供されます。
- ウェルスマネジメント
- プライベートバンキングよりもさらに幅広いサービスを提供します。
- 資産運用・管理に加えて、資金調達、税金・相続対策、事業承継、不動産コンサルティングなど、富裕層の全体的な財務戦略を包括的にサポートします。
提供される主なサービス
ウェルスマネジメントで提供される主なサービスは多岐にわたります。
- 資産運用サポート
- 税務・法務対策
- 相続・事業承継サポート
- 不動産コンサルティング
- 資金調達支援
- 保険コンサルティング
- 非金融サービス(娯楽、医療、教育支援など)
アセットマネジメントとは
定義と特徴
アセットマネジメント(Asset Management)とは、広義には投資資産の運用を実際の所有者や投資家に代わって行う業務全般を指します。具体的には、株式、債券、投資用不動産、その他金融資産などの運用を代行し、資産の価値拡大や収益性向上を目的とするサービスです。投資運用に特化し、資産の成長とリスク管理に重点を置く点が特徴です。近年では、ESG投資(環境・社会・ガバナンスを考慮した投資)も注目されています。
提供される主なサービス
アセットマネジメントの主なサービスは以下の通りです。
- 投資先の選定・管理
- 運用戦略の策定
- ポートフォリオの構築と見直し
- リスク管理
対象資産の範囲
アセットマネジメントが扱う資産は、金融資産(株式、債券、投資信託など)に特化していることが多いですが、不動産、公共施設、インフラ、IT資産など、広範な「アセット(資産)」を対象とする場合もあります。
- 金融商品
- 株式、債券、投資信託など
- 不動産
- 投資用不動産の取得、管理、売却に関する助言など
- 公共施設やインフラ
- 道路、橋、上下水道などの公共資産の維持管理と効率的な活用
- IT資産
- ハードウェア、ソフトウェア、ライセンスなどのIT資源の管理
ウェルスマネジメントとアセットマネジメントの比較
サービス内容・提案の包括性
- ウェルスマネジメント
- 資産運用だけでなく、税務、相続、事業承継、不動産、資金調達など、個人の資産全体を包括的に管理・運用するサービスです。
- 顧客のライフプラン全般に関わるオーダーメイドの戦略的なアドバイスを提供します。
- アセットマネジメント
- 主に金融資産の運用に特化したサービスであり、投資リターンの最大化を目指します。
- 運用戦略の策定、ポートフォリオ構築、リスク管理が主な業務です。
対象顧客層
- ウェルスマネジメント
- 富裕層や超富裕層を主なターゲットとしますが、近年では準富裕層や資産形成に関心を持つ層にも対象が広がりつつあります。
- アセットマネジメント
- 機関投資家や投資信託を通じた個人投資家向けに、比較的画一的なサービスを提供することが多いです。
扱う資産の種類
- ウェルスマネジメント
- 金融資産に加えて、不動産、事業資産、知的財産など、顧客が保有するすべての資産を対象とします。特に、富裕層の多くがビジネスオーナーであるため、個人資産と法人資産の両面を考慮した提案を行います。
- アセットマネジメント
- 金融資産の運用が中心ですが、不動産やインフラなどの物理的な資産の管理・運用も行います。
歴史的背景・金融機関での位置づけ
- ウェルスマネジメント
- 欧米で富裕層を対象に発展したサービスであり、スイスのプライベートバンクが発祥とされています。
- 近年では日本の金融機関も、低金利環境下での新たな収益源として、また富裕層のニーズ多様化に対応するため、ウェルスマネジメント事業に注力しています。
- アセットマネジメント
- 資産運用の概念は古くから存在しますが、現代的な形での発展は金融市場や不動産市場の拡大とともに進みました。
- 運用会社や信託銀行の運用関連部門などが主要な提供機関となります。
ウェルスマネジメントの主なサービス詳細
資産運用サポート
ウェルスマネジメントにおける資産運用は、単に金融商品を推奨するだけでなく、顧客の資産状況、リスク許容度、長期的な目標などを詳細に分析し、最適な投資戦略を設計します。国内外の株式、債券、不動産、オルタナティブ投資などを組み合わせたオーダーメイドのポートフォリオを構築し、市場環境の変化に応じて定期的なリバランス(資産配分の見直し)を行います。富裕層限定の金融商品が提案されることもあります。
税務・法務対策
資産を守り、最適な形で次世代へ継承するために、税理士や弁護士と連携し、税務・法務戦略を構築します。国内外の税制を考慮した資産管理、相続税・贈与税対策の立案、法的リスクを軽減する契約・信託の活用などが含まれます。特に、相続税負担が重い日本では、節税対策は富裕層にとって重要な課題の一つです。
相続・事業承継サポート
資産を円滑に次世代へ引き継ぐための計画策定を支援します。遺産分割方針の策定、遺言書の作成、信託の活用によるスムーズな承継、相続税負担を抑えるための資産組み換えなどを行います。また、事業を営む富裕層に対しては、事業承継計画の策定、後継者育成支援、M&Aによる事業拡大・承継サポートなど、個人資産と法人資産の両面から総合的に支援します。
不動産・資金調達コンサルティング
不動産は富裕層の資産形成や相続対策において重要な役割を果たします。ウェルスマネジメントでは、収益物件の取得・売却に関するアドバイス、既存不動産の有効活用、相続対策としての不動産活用(賃貸経営、不動産信託の活用など)を提供します。また、事業に必要な資金調達を適切なタイミングでスムーズに行えるよう、銀行からの融資やベンチャーキャピタルからの資金提供、手元資産の現金化による資金調達などをサポートします。
ウェルスマネジメントとアセットマネジメントを選ぶポイント
自分の状況別の選択指針
- 資産運用に特化して資産を増やしたい場合
- アセットマネジメントが適しています。投資リターンの最大化を目的とし、効率的な資産運用戦略を求める方に最適です。
- 資産の保全、税金対策、相続、事業承継など、総合的な資産管理を求める場合
- ウェルスマネジメントが適しています。多岐にわたる専門分野のサポートを受けながら、長期的な視点で資産全体を最適化したい方に有効です。
- 特定の目的(例:不動産投資、IT資産管理)に特化した専門的な管理が必要な場合
- その分野に特化したアセットマネジメントサービスが選択肢となります。
どちらを利用するべきか?
富裕層の方で、単なる資産運用だけでなく、将来のライフプラン全体を見据えた総合的な資産管理を望むのであれば、ウェルスマネジメントの利用を検討するべきでしょう。ウェルスマネジメントは、多様な専門家チームが連携し、顧客の複雑な課題にオーダーメイドで対応します。
一方、資産の一部を効率的に運用し、市場リターンの最大化を目指したいのであれば、アセットマネジメントサービスが選択肢となります。
いずれのサービスを利用するにしても、自分の資産状況、目標、リスク許容度を明確にし、複数のサービス提供者を比較検討することが重要です。
まとめ
本記事のまとめと今後の資産管理のヒント
ウェルスマネジメントは、富裕層を対象に資産運用から税務、相続、事業承継までを包括的にサポートするサービスであり、アセットマネジメントは主に投資リターンの最大化を目指す資産運用に特化したサービスです。両者は似て非なるものであり、顧客のニーズによって使い分けが必要です。
近年、富裕層の増加と課税強化を背景に、ウェルスマネジメントの重要性はますます高まっています。資産管理においては、自分の状況に合ったサービスを選択し、専門家の知見をうまく活用することが、資産を適切に管理し、未来へつなぐための重要なヒントとなるでしょう。











