FASの役割と重要性
「M&A後に、なぜ組織は機能不全に陥るのか」「経営不振に喘ぐ企業は、どこから手を付ければ事業を立て直せるのか」。これらは、金融やコンサルティングの最前線で多くのプロフェッショナルが直面する、極めて難易度の高い問いです。
一般的な金融サービスや経営コンサルティングだけでは捉えきれない、これらの複雑な課題。その解決には、高度な財務知見と、事業変革をやり遂げる実践的な戦略・実行力の両方が不可欠です。FAS(Financial Advisory Services)は、まさにその二つの専門性を高いレベルで融合させ、企業の非連続な成長や危機からの再建を導くプロフェッショナル集団です。
彼らは、単なる助言者に留まらず、企業の変革プロセスに深くコミットするパートナーとして、経済の根幹を支える役割も担っています。一般的な金融機関が資金提供を主とするのに対し、FASは企業の財務・事業課題解決に特化し、また経営コンサルティングが戦略立案に重点を置くのに対し、FASは実行フェーズまで深く関与します。
本稿では、FAS業界の全体像から、その主要なサービスライン、業界構造、そしてキャリアとしての展望までを体系的に解説します。
FASの主要サービスライン(具体的な業務内容)
FASの専門家が具体的にどのような業務を行っているのか、主要なサービス内容について説明します。
ここでは主要なサービスを便宜上いくつかの類型に分けて解説しますが、実際のプロジェクトではこれらの専門性が複合的に組み合わされることが少なくありません。
例えば、事業再生の局面でM&A(事業売却)が選択肢となり、そのプロセスでは当然バリュエーションが必要となります。それぞれの専門領域が連携し、一つの課題解決にあたるのがFASの大きな特徴です。
M&Aアドバイザリー:企業の成長・変革を支援する
M&Aアドバイザリーは、FASの中核を成す最も代表的なサービスラインです。企業の成長戦略を実現するためのM&Aを、構想段階から成立後の統合プロセスまで、一貫して支援します。
M&A戦略の策定
企業の経営層と連携し、事業ポートフォリオの最適化や新規市場参入といった経営戦略に基づき、M&Aの基本戦略を策定します。
デューデリジェンス(DD)
買収対象企業の詳細な調査であり、M&Aにおけるリスク管理の要です。公認会計士や弁護士などの専門家がチームを組み、多角的な分析を行います。近年では、従来の財務・法務DDに加え、対象企業のビジネスモデルの競争優位性や市場でのポジションを評価するビジネスDD、組織文化やキーパーソンの評価を行う人事DD、ITシステムの統合リスクを評価するIT DD、そして環境規制や人権問題などのリスクを評価するESG DDといったように、調査範囲は包括的なものへと拡大しています。
バリュエーション(企業価値評価)
対象企業の客観的な企業価値を算定する業務です。代表的な手法として、企業の将来のキャッシュフローを予測して価値を算出するDCF法や、類似の上場企業の株価や過去のM&A事例と比較する市場比較法などがあります。FASはこれらの手法を組み合わせ、多角的に価値を算定し、M&Aの取引価格を決定する上での重要な基礎情報を提供します。
PMI(Post Merger Integration)
M&A成立後、二つの組織を円滑に統合するためのプロセスを支援します。M&Aの計画段階から統合後の姿を見据える「Pre PMI」の重要性が高まっており、買い手側の統合支援だけでなく、売り手側が事業をスムーズに切り出すための「カーブアウト支援」もFASの重要な業務です。
事業再生・リストラクチャリング
業績不振や過剰な負債など、経営危機に陥った企業の再建を、財務と事業の両面から支援する業務です。
事業再生の手法は、裁判所の監督下で行う「法的整理」と、関係者間の協議で進める「私的整理」に大別されます。FASは、特に私的整理の局面で、債権者である金融機関と企業との間の調整役として重要な役割を果たします。 まず、窮境に陥った原因を財務・事業の両面から徹底的に分析(実態把握DD)し、事業を立て直すための具体的な再生計画を策定します。計画策定後は、その計画が着実に実行されているかを監視(モニタリング)し、ハンズオンで企業の再成長を支援します。事業再生は、単なる財務分析だけでなく、金融機関、株主、経営陣、従業員といった複数のステークホルダーの複雑な利害を調整する高度な交渉能力が求められます。
フォレンジック
フォレンジックは、企業の不正調査や、不正を未然に防ぐためのリスク管理体制の構築を支援する業務です。企業のガバナンス強化と信頼性維持に貢献します。
粉飾決算や従業員による横領といった伝統的な不正に留まらず、サイバー攻撃による情報漏洩、サプライチェーンにおける人権問題、インサイダー取引など、新たなリスク領域へと急速に拡大しています。会計記録の分析、関係者へのインタビュー、電子データの解析(デジタルフォレンジック)といった手法で調査を行います。
また、不正を未然に防ぐための「予防」も重要な業務です。企業の業務プロセスや内部統制の脆弱性を評価し、リスクカルチャーの醸成や内部通報制度の構築を含めた、実効性のある管理体制の構築を支援します。
バリュエーション
バリュエーションは、M&Aのプロセスだけでなく、会計・税務、訴訟など、様々な目的で必要とされる独立したサービスです。
M&Aの価格交渉のためだけでなく、会計処理(のれんの減損テスト、PPA:取得原価の配分など)や、税務申告、裁判における損害賠償額の算定、あるいは種類株式やストックオプションの価値算定など、多様な目的に応じて企業や事業、無形資産(ブランドや特許など)の金銭的な価値を客観的に算定します。特に、将来性が未知数のスタートアップ企業や無形資産の評価は極めて難易度が高く、評価者の専門性と経験が結果を大きく左右します。
その他サービス:平時の経営管理体制の強化
FASは、M&Aや事業再生といった「有事」対応だけでなく、企業の「平時」における経営管理体制の強化も支援します。具体的には、株式公開(IPO)支援、内部統制(J-SOX)の構築・評価、決算早期化支援、予算管理制度の高度化など、企業の持続的成長を支える財務基盤の強化に貢献します。
FAS業界の主要プレイヤーと特徴
BIG4系FASファーム
世界4大監査法人グループ(PwC、デロイト、EY、KPMG)に属する、FASを専門とする会社です。監査法人としての強固なブランド力とグローバルネットワークを活かし、大規模で複雑なクロスボーダー案件などを数多く手掛けており、業界の中核を成しています。グループ内の税務、法務、コンサルティング部門と緊密に連携し、ワンストップで包括的なソリューションを提供できる体制が強みです。
キャリアの観点からは、各サービスライン(M&A、事業再生など)ごとに高度に専門分化された組織となっているため、特定の分野で深い専門性を集中的に磨くことができます。また、クライアントはグローバルに事業展開する大企業が中心であり、若手のうちから大規模で複雑なクロスボーダー案件に関与する機会が豊富な点も大きな特徴です。
独立系FASファーム
BIG4のようなグローバル組織に属さず、独立してサービスを提供するファームです。M&Aや事業再生など、特定の分野に特化したブティックファームや、中小企業の事業承継を主に手掛けるファームなど、その規模や専門性は多岐にわたります。
BIG4に比べて少数精鋭の組織が多いため、一人のプロフェッショナルがM&A、バリュエーション、再生支援など、複数のサービス領域を横断的に担当するケースも少なくありません。そのため、案件の全体像を早い段階から把握しやすく、若手のうちから経営者と直接対話する機会が多いのが特徴です。
投資銀行・証券会社
投資銀行や証券会社のM&Aアドバイザリー部門なども、FASと同様のサービスを提供しています。特に、上場企業が関わる大規模なM&A案件において、重要な役割を果たします。
FAS業界の将来性と主要トレンド
DX・AIの活用
デューデリジェンスやフォレンジック調査において、AIを活用したデータ分析の導入が進んでいます。膨大な電子データをAIが解析することで、人間では見抜けなかった不正の兆候や、隠れた事業リスクをより迅速かつ正確に発見することが可能になっています。
ESGへの対応強化
企業の環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)への取り組みを評価する「ESG投資」が世界の潮流となる中、M&Aにおいても、買収対象企業のESGに関するリスクを評価する「ESGデューデリジェンス」が不可欠になっています。
中堅・中小企業M&Aの活発化
日本の多くの中小企業が、経営者の高齢化と後継者不足という課題に直面しています。これに対応する事業承継M&Aに加え、成長戦略としての中堅企業同士のM&Aも活発化しており、FASが活躍する市場の裾野は広がっています。
FASで働くということ ~キャリアとしての魅力~
得られるスキルと経験
FASの業務は、案件ごとにチームが組成されるプロジェクトベースで進みます。期間は数週間から数年に及ぶものまで様々で、常に新しい業界や企業、課題に直面するため、知的好奇心が旺盛で、学習意欲の高い人材が活躍する傾向にあります。
業務を通じて、会計・財務・税務・法務といった高度な専門知識はもちろん、複雑なプロジェクトを管理するプロジェクトマネジメント能力、経営層や交渉相手を納得させる論理的思考力とコミュニケーション能力など、市場価値の高いスキルセットを身につけることができます。
多様なキャリアパス
FASで経験を積んだプロフェッショナルは、ファーム内での昇進だけでなく、事業会社のCFO(最高財務責任者)や経営企画、PEファンドやベンチャーキャピタルといった投資のプロ、あるいは独立して自身のファームを立ち上げるなど、多様なキャリアパスが拓かれています。
まとめ
FASは、M&Aや事業再生、不正調査といった、企業の重要な経営判断に関わる局面において、財務・金融の高度な専門知識を駆使して、最適な解決策を提示するプロフェッショナル集団です。
FASのプロフェッショナルは、単なる分析者や助言者に留まらず、企業の変革プロセスに深く実践的に関与するパートナーです。その業務は、企業の非連続な成長と再編を支え、資本市場全体の効率性を高める重要な経済インフラとしての役割を担っています。複雑で困難な課題解決に挑み、企業と共に成長したいと考える人材にとって、FAS業界は、他に代えがたい知的な挑戦と成長の機会を提供しています。
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