はじめに
土木アセットマネジメントが注目される背景
日本の社会インフラは、高度経済成長期に集中的に整備されました。しかし、その多くが建設から50年以上が経過し、急速な老朽化が進んでいます。2040年には、道路橋の約75%、トンネルの約52%、河川管理施設の約65%が建設後50年以上となると予測されており、これらのインフラをいかに維持管理し、更新していくかが喫緊の課題です。
一方で、地方公共団体は人口減少に伴う財政的な制約や、土木技術者の不足という問題に直面しています。インフラの維持管理に充てられる予算は1993年度をピークに半減し、技術系職員も減少傾向にあります。このような状況下で、限られた資源の中で最大限の効果を発揮し、持続可能なインフラ管理を実現するための新たなアプローチとして、「土木アセットマネジメント」が注目されています。
主要な資産(道路・橋梁・上下水道・河川・防災施設等)の重要性
土木アセットマネジメントの主な対象は、私たちの生活を支える多岐にわたる公共施設です。具体的には、道路、橋梁、トンネル、上下水道、河川、ダム、砂防施設、海岸・港湾施設、公園、公営住宅、官庁施設などが挙げられます。これらのインフラは、経済活動の基盤であり、安全で快適な市民生活を維持するために不可欠です。例えば、道路や橋梁は物流や人々の移動を支え、上下水道は衛生的な生活環境を提供します。また、河川やダム、防災施設は、自然災害から私たちの生命や財産を守る重要な役割を担っています。
インフラの老朽化は、機能の低下だけでなく、事故の発生リスクを高め、社会経済活動に大きな影響を与える可能性があります。そのため、これらの主要な資産の適切な維持管理と計画的な更新が、持続可能な社会を築く上で極めて重要視されています。
アセットマネジメントの基本概念
アセットマネジメントとは
アセットマネジメントとは、道路や橋梁といった公共施設を「資産(アセット)」として捉え、長期的な視点から最も費用対効果の高い維持管理を行う考え方です。具体的には、施設が損傷・劣化してから修理する「事後保全」ではなく、将来的な損傷や劣化を予測・把握し、早期に、かつ計画的に維持管理を行う「予防保全」への転換を目指します。これにより、インフラの長寿命化を図り、ライフサイクル全体にかかるコストを最小限に抑えながら、安全で質の高い公共サービスを提供し続けることを目的とします。
ストックマネジメントや維持管理との違い
土木分野におけるアセットマネジメントは、ストックマネジメントや維持管理と関連性の深い概念ですが、その適用範囲や目的において違いがあります。
- 維持管理: 日常的な点検や軽微な補修業務など、個別の構造物の性能を維持するための実務的な活動を指します。
- ストックマネジメント: 特定の構造物(道路、橋梁など)の劣化状況や使用年数に基づき、物理的な補修や更新時期を管理する手法です。アセットマネジメントの一部を構成する要素として位置づけられます。
- アセットマネジメント: これら維持管理やストックマネジメントといった個別具体的な活動を包含し、より経営的な視点から、地域全体のインフラ資産ポートフォリオを最適化し、中長期的な資産の状態予測、リスク管理、予算制約の中での最適な対策の優先順位付けを行う、包括的かつ戦略的な運用手法です。
つまり、「アセットマネジメント > ストックマネジメント > 維持管理」という階層関係にあり、アセットマネジメントは全体の計画や戦略を担う上位概念であると言えます。
土木分野での適用範囲
土木分野におけるアセットマネジメントの適用範囲は広範であり、以下のようなインフラ資産の管理に適用されています。
- 道路、橋梁、トンネル
- 上下水道
- 河川、ダム、砂防施設
- 防災施設
- 港湾施設
- 公園施設
- 公営住宅、官庁施設
これらの多岐にわたる土木インフラにおいて、状態の客観的な把握・評価、中長期的な予測、予算制約下での最適な対策の検討、そして計画的かつ効率的な維持管理・更新が求められています。
土木インフラの現状と直面する課題
インフラ老朽化の進展
日本の社会インフラは、高度経済成長期に集中的に整備されたものが多く、建設から50年以上が経過する施設が加速度的に増加しています。例えば、2040年には道路橋の約75%が、河川管理施設の約65%が、港湾施設の約68%が築後50年を超える見込みです。このようなインフラの一斉老朽化は、機能の低下や事故のリスクを高めるだけでなく、膨大な維持管理・更新費用を必要とします。
修繕予算の制約と財政負担
インフラの老朽化が進む一方で、地方公共団体は厳しい財政状況に直面しています。維持管理費に充てられる財源はピーク時に比べて半減しており、今後も財源を大幅に増加させることは困難と予想されます。国土交通省の試算によると、事後保全に頼った場合、2048年度までに最大で12.3兆円の維持管理・更新費が必要となる一方、予防保全に転換すれば約半分の6.5兆円に抑えられるとされています。このことから、限られた予算の中でいかに効率的かつ効果的にインフラを維持していくかが、大きな課題となっています。
技術者不足・維持管理体制の課題
人口減少や少子高齢化の進展は、土木分野における技術者不足を深刻化させています。市町村においては土木部門の職員数が減少し、技術系職員が5人以下の自治体が約半数を占める状況です。これにより、必要なインフラの点検や補修が十分に実施できないケースが増え、定期点検の遅延や施設の機能低下、事故のリスク増大につながる恐れがあります。また、技術ノウハウの蓄積や継承も課題となっており、持続可能な維持管理体制の構築が喫緊の課題です。
データ整備・デジタル活用の現状
インフラの維持管理を効率化するためには、膨大な点検・診断データの整備とデジタル技術の活用が不可欠です。しかし、全国の道路管理者ごとに異なる仕様でデータが蓄積されているため、これらの情報を一元的に管理し、解析する環境の構築が課題となっています。国や都道府県、政令都市では99%と高いデジタル技術の導入率を示している一方で、その他の市町村では38%にとどまっており、地域間の情報格差も浮き彫りになっています。CIM(BIM/CIM)やGISを活用したインフラ状況の「見える化」は推進されていますが、その普及と活用にはさらなる取り組みが求められます。
アセットマネジメントの最新動向
予防保全型アセットマネジメント
インフラの老朽化対策として、不具合が生じてから対応する「事後保全」から、不具合が生じる前に予防的な対策を行う「予防保全」への転換が強く推進されています。予防保全型アセットマネジメントは、施設の劣化状況を早期に把握し、最適なタイミングで補修・更新を行うことで、ライフサイクルコストの削減とインフラの長寿命化を図るものです。これにより、突発的な大規模修繕を避け、計画的な予算配分が可能となります。国土交通省は2014年に「インフラ長寿命化計画」を策定し、予防保全への本格転換を加速させるための具体的な取り組みを推進しています。
インフラDX(デジタル化・AI活用・3次元データ)
限られた人員と予算の中で膨大なインフラを効率的に維持管理するため、デジタル技術の活用が急速に進んでいます。これを「インフラDX」と呼びます。
- AI活用: ドローンで撮影した画像データをAIが解析し、コンクリートのひび割れや道路舗装の異常などを自動で検出することで、点検作業の省力化・効率化が図られています。これにより、人間の目視では見落としがちな損傷も早期に発見できるようになります。
- 3次元データ: CIM(Construction Information Modeling/Management)やGIS(Geographic Information System)といった3次元データを活用することで、インフラ施設の情報を一元的に管理し、状況の「見える化」を進めています。これにより、施設の現状を正確に把握し、劣化予測や維持管理計画の立案に役立てています。
- ドローン活用: 高所や閉所など、人間が近づきにくい場所の点検にドローンが活用されています。安全かつ安価に点検作業が行えるため、人手不足の解消やコスト削減に貢献しています。RTK測位技術や5G通信と組み合わせることで、より高精度で安定した遠隔点検が可能になります。
国土交通省は「インフラDX総合推進室」を設置し、これらの新技術の開発・導入促進、人材育成、実験フィールドの整備などを通じて、インフラDXの推進に力を入れています。
優先順位付けと計画的な予算配分
インフラの老朽化が進行する中で、すべての施設を同時に大規模改修することは財政的に困難です。そこで重要となるのが、維持管理・更新の優先順位付けと計画的な予算配分です。アセットマネジメントでは、インフラの重要度、劣化状況、利用頻度、地域への影響などを総合的に評価し、最も効果的な投資計画を策定します。これにより、限られた予算の中で、最もリスクが高く、かつ社会経済活動への影響が大きい施設から順に対応していくことが可能になります。また、中長期的な視点での維持管理計画を策定し、予算の平準化を図ることで、突発的な財政負担を抑制し、持続可能なインフラ管理を実現します。
土木インフラ別の具体的取組
道路・橋梁の長寿命化計画
道路や橋梁は、社会経済活動の基盤を支える重要なインフラであり、アセットマネジメントにおける主要な対象です。多くの自治体では、インフラの長寿命化とライフサイクルコストの削減を目指し、「道路橋長寿命化修繕計画」などを策定しています。この計画に基づき、定期的な点検(5年に1回の近接目視点検が義務付け)や劣化予測、予防保全型の修繕・補強対策を推進しています。
例えば、一部の高速道路会社では、道路管理情報を一元管理できるアセットマネジメントシステムを導入し、劣化予測とライフサイクルコストに基づいた更新判断を行っています。これにより、リニューアル工事の優先順位付けや対策立案の効率化が実現しています。
上下水道の更新計画と最新施策
上下水道施設もまた、市民生活に不可欠なインフラであり、老朽化が進んでいます。水道管路では約21%が2030年までに建設後50年以上となる見込みです。平成21年には「水道事業におけるアセットマネジメントに関する手引き」が策定され、平成30年(2018年)の水道法改正以降は、全国の水道事業体に対し「経営戦略(アセットマネジメント)」の策定が努力義務となりました。
これを受け、電子システムの導入やDX化が進められています。国土交通省の上下水道審議官グループが「上下水道DX技術カタログ」を公開するなど、AIやIoTを活用した水の再生処理技術や、小規模分散型水循環システムの導入が模索されています。これにより、水需要の減少や職員数の減少といった課題に対応しつつ、効率的な管理運営と施設の耐震化、長寿命化を目指しています。
防災施設・河川の管理手法
河川管理施設や防災施設も、自然災害から国土と国民を守る上で極めて重要です。これらの施設も高度経済成長期に整備されたものが多く、老朽化が進んでいます。2040年には河川管理施設の約65%が築後50年以上となる予測があり、適切な管理が求められます。
河川管理では、ストックマネジメントからLCC(ライフサイクルコスト)視点を取り入れたアセットマネジメントへの移行が進んでいます。ICT技術を活用した維持管理も導入され、人が立ち入れない場所の下水道施設の点検などに機械やデータが活用されています。堤防や砂防ダムの復旧工事も全国的に進められており、災害リスクの高い地域のインフラを重点的に維持管理する取り組みが強化されています。
実施体制の強化と官民連携
官民・広域連携の推進
インフラ老朽化という喫緊の課題に対し、国や地方自治体だけでは対応しきれない現状があります。そこで、官民連携(PPP:Public Private Partnership)や広域連携の推進が重要視されています。PPPは、公共施設の建設、維持管理、運営に民間の資金、経営能力、技術的能力を活用することで、効率的かつ質の高い公共サービスを提供しようとする考え方です。PFI(Private Finance Initiative)はその代表的な手法の一つとされています。
また、地方自治体が単独で対応することが困難な場合、複数の自治体が協力してインフラの維持管理を行う「地域インフラ群再生戦略マネジメント」も進められています。これは、道路、上下水道、河川、公園といったインフラを関連性の高い「群」として捉え、群ごとに複数の自治体が連携して維持管理を行うことで、限られた財源や人材を流動的に活用し、効率的なインフラ管理を目指すものです。
PPP/PFI・包括的民間委託の活用
PPP/PFIは、公共事業に民間の資金、経営能力、技術力を活用する手法です。これにより、自治体は初期費用の抑制や民間ノウハウの導入が可能となり、民間企業は長期的な事業収入を見込めます。特にPFIは、設計・建設・維持管理・運営までを一括して民間に任せる「一括発注(パッケージ型)」が特徴で、自治体は「サービスの提供を民間から購入する」という構図になります。
PPPにはPFI以外にも、以下のような多様な手法が含まれます。
- 包括的民間委託: 事務事業に係る一連の業務を包括して民間に委託し、民間ノウハウの活用により効率化やコスト削減を図る。
- 指定管理者制度: 民間事業者を指定管理者として指定し、施設の維持管理・運営を委託することでコスト削減やサービス向上を図る。
- DBO方式(Design Build Operate): 施設の設計・建設と運営を民間に一括して委託する。
これらの手法を活用することで、財政負担の軽減、行政の効率化、良質な公共サービスの提供、そして民間事業者のビジネス機会創出による経済の活性化が期待されています。
実施体制構築時のポイント
官民連携や広域連携による実施体制を構築する際には、いくつかの重要なポイントがあります。
- 役割分担の明確化: 公共と民間の役割、責任、リスク分担を明確に定めることが重要です。事業の公共性を確保しつつ、民間の創意工夫を最大限に引き出すための線引きが求められます。
- VFM(Value for Money)の実現: PFI導入の基本原則の一つであり、公共が自ら実施するよりも効率的・効果的である場合に限って導入すべきとされています。導入前にVFM評価を実施し、コスト削減やサービス向上効果を検証することが不可欠です。
- 長期的な視点での契約とモニタリング: PPP/PFI事業は長期にわたるため、契約内容を詳細に定め、事業期間中のサービス品質維持や成果を確認するためのモニタリング体制を確立することが重要です。成果が未達成の場合には対価を減額するなどの制度設計も必要となります。
- 人材育成とノウハウの共有: PPP/PFIの活用が初めての自治体では、ノウハウや対応する人材の不足が懸念されます。円滑な事業推進のためには、研修による人材育成や、成功事例の共有、専門家派遣制度の活用などが有効です。
これらのポイントを踏まえ、官民が対等なパートナーとして事業に向き合うことで、持続可能なインフラ提供が可能となります。
先進事例・今後の方向性
代表的な自治体・企業の取組例
土木アセットマネジメントは、全国の自治体や企業で導入が進んでいます。
- 道路・橋梁の事例: ある高速道路会社では、道路管理情報の一元管理システムを導入し、劣化予測に基づいた長寿命化計画を策定。これにより、複雑なリニューアル工事の優先順位付けと対策立案を効率化しています。
- 上下水道の事例: ある地域では、水需要の減少や職員不足に対応するため、県と民間事業者が出資する官民出資会社を設立し、水道事業の管理運営を委託。業務の内製化や状態保全への切り替えを進め、コスト削減と技術継承を実現しています。
- 地域のインフラ包括委託の事例: ある市では、人口減少に伴う職員減少に対応するため、市道や橋梁などの一部維持管理を地元の民間事業者へ包括的に委託。行政コストを抑えつつインフラ整備を進め、市民サービスの向上と地域経済の活性化に貢献しています。
これらの事例は、各地域の特性や課題に応じた多様なアセットマネジメントの取り組みが展開されていることを示しています。
全国的な流れと今後の展望
インフラ老朽化問題は全国的な課題であり、アセットマネジメントの導入は不可避な流れとなっています。国土交通省は「インフラ長寿命化計画」や「インフラDX総合推進室」の設置を通じて、予防保全型メンテナンスへの本格転換、デジタル技術の活用、官民連携の推進を加速させています。
今後は、以下の方向性が強化されると予想されます。
- データ駆動型アセットマネジメントの深化: AIやIoT、3次元データなどのデジタル技術をさらに活用し、より高精度な劣化予測と最適な維持管理計画の策定が進められます。
- 広域連携・官民連携の拡大: 地方自治体の財政・人材不足を補うため、複数自治体間での連携や、PFI・包括的民間委託などの官民連携手法の導入がさらに加速します。
- 人材育成と技術継承の強化: 若手技術者の育成や、ベテラン技術者から若手へのノウハウ継承、さらには民間からの専門人材の活用など、インフラ管理を担う人材基盤の強化が図られます。
- 市民参画の促進: 「インフラメンテナンス国民会議」などを通じて、市民のインフラメンテナンスへの理解と参画を促進し、地域全体でインフラを支える意識を高める取り組みが進められます。
まとめ
土木アセットマネジメントがもたらす未来
土木アセットマネジメントは、インフラの維持管理を「守ること」から「戦略的な経営」へとシフトさせる重要な施策です。人口減少、インフラ老朽化、財政制約、技術者不足といった複合的な課題に直面する現代において、アセットマネジメントは、限られた資源の中で最大限の公共サービスを継続的に提供するための羅針盤となります。予防保全への転換、デジタル技術の活用、官民・広域連携の推進を通じて、インフラの長寿命化とライフサイクルコストの最適化を実現し、安全で持続可能な社会基盤を未来に引き継ぐことが期待されます。
今後の課題と期待されるアクション
土木アセットマネジメントの推進には、依然としていくつかの課題が存在します。
- 地方自治体におけるノウハウと人材の確保: 特に中小規模の自治体では、アセットマネジメント導入のための専門知識や人材が不足している現状があります。国や都道府県による継続的な支援、研修の充実、専門家派遣の拡充が求められます。
- データ活用の標準化と連携: 各自治体で異なる形式で蓄積されているインフラデータを標準化し、全国的なデータベースとして連携させることで、より高度な分析と広域的な最適化が可能になります。
- 住民理解と合意形成: インフラの集約・再編・廃止や、料金改定など、アセットマネジメントの過程で住民の理解と合意が必要となる場面があります。透明性の高い情報公開と丁寧な説明を通じて、住民との良好な関係を築くことが重要です。
これらの課題を克服し、土木アセットマネジメントを社会全体で推進していくためには、行政、民間企業、研究機関、そして市民が一体となって取り組む「総力戦」が必要です。技術と経営の両輪でインフラを支え、持続可能なまちづくりを実現するための積極的なアクションが、今、強く求められています。











