統合報告書の制作は、IR・広報、経営企画、サステナビリティ、人事、経理、各事業部門など、多くの関係者が関わる全社的な取り組みです。初めて担当する場合は、何を誰に依頼し、いつまでにどのように確認すべきかが見えにくいこともあります。本記事では、統合報告書の役割、制作体制、情報収集、経営レビュー、外部パートナーの活用まで、実務の流れに沿って解説します。
統合報告書の目的と担当者が担う役割
財務情報と非財務情報をつなげて企業価値を伝える
統合報告書は、売上高や利益、資産といった財務情報と、環境・社会・ガバナンス、人材、知的財産などの非財務情報を結び付けて伝える資料です。重要なのは、情報を並べることではありません。自社が持つ人材や技術、顧客基盤などをどのように事業に生かし、将来の価値や利益につなげるのかを、一貫した流れで示すことが求められます。
担当者は、各部門から情報を集めるだけでなく、経営戦略と現場の取り組み、財務成果とのつながりを整理する役割を担います。情報の不足や矛盾を見つけた際には、関係者と確認しながら、読者に伝わる形へ編集することが必要です。
主な読者と統合報告書を通じて目指すこと
統合報告書の主な読者は、株主や機関投資家などの財務資本を提供する人々です。一方で、従業員、求職者、取引先、顧客、地域社会などにとっても、自社の方向性や持続的な成長への考え方を理解する材料になります。
制作前には、優先する読者を定めることが重要です。たとえば投資家を最優先するなら、資本配分、成長戦略、収益性、リスクへの対応を明確にします。従業員への浸透も重視するなら、人材育成、働く環境、企業理念といった情報も充実させます。誰に何を理解してほしいのかを決めることで、情報の優先順位やページ構成が定まります。
有価証券報告書やサステナビリティレポートとの違い
有価証券報告書は、金融商品取引法に基づく法定開示書類です。上場企業などは事業年度終了後3か月以内に提出する必要があり、財務情報や事業の状況、リスク、ガバナンスなどを正確かつ詳細に記載します。統合報告書は任意開示であり、法定書類を補完しながら、中長期の価値創造を分かりやすく伝える点に特徴があります。
サステナビリティレポートは、環境、人権、人材、地域社会などの取り組みを幅広く開示する資料です。統合報告書では、そのなかでも企業価値や経営戦略と関係が深い重要課題に絞り、事業とのつながりを示します。詳細なESGデータはサステナビリティサイトやデータブックに掲載し、統合報告書では価値創造の全体像を伝えるという役割分担も有効です。
担当者に求められる社内調整と進行管理
統合報告書の担当者に求められるのは、文章作成やデザインの知識だけではありません。関係部門に依頼を出し、期限までに情報を回収し、数値や表現の整合性を確認し、経営層の意思決定を反映させる進行管理が重要です。
特に初年度は、各部門が統合報告書の目的や必要な情報を十分に理解していない場合があります。プロジェクト開始時に、発行目的、主管部門、確認担当者、提出期限、最終承認者を明確にし、全社プロジェクトとして共有することが大切です。
制作前に決める方針と全体計画
発行目的・対象読者・伝えたい価値を明確にする
制作の出発点は、発行目的を言語化することです。「投資家との対話を深める」「中期経営計画への理解を得る」「サステナビリティへの取り組みを事業戦略と結び付けて伝える」など、自社が統合報告書を通じて達成したいことを整理します。
目的が曖昧なまま進めると、各部門から集まる情報が増えすぎ、何を伝えたい資料なのかが分からなくなります。読者、読後に期待する理解や行動、伝えるべき自社の強みを整理し、経営層の承認を得ておくと、その後の判断基準として活用できます。
経営戦略と価値創造ストーリーを整理する
価値創造ストーリーとは、自社がどのような強みや経営資源を使い、どのような事業を通じて社会と顧客に価値を提供し、将来の企業価値を高めていくのかを示す流れです。理念、長期ビジョン、事業モデル、戦略、成果、今後の見通しがつながっていることが重要です。
国際統合報告フレームワークでは、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本という6つの資本を活用し、価値を創造する考え方が示されています。すべてをそのまま掲載する必要はありませんが、自社の価値創造に重要な資本を見極め、事業戦略との関係を整理すると、報告書の骨格をつくりやすくなります。
発行時期から逆算して年間スケジュールを作る
統合報告書は、企画から発行まで6〜7か月程度を要することが多く、初年度はさらに余裕を持った計画が必要です。3月決算企業では、決算後から6か月前後で発行される傾向があり、秋頃の発行を目指す場合は前年末から年初に企画を始めると進めやすくなります。
一般的には、企画と体制構築、構成設計と情報収集、原稿・デザイン制作、校正と経営レビュー、公開という流れで進めます。決算数値の確定時期、取締役会、株主総会、経営トップへの取材日程も考慮し、修正や確認に必要な予備日を確保しましょう。
- 企画・体制構築:発行の6〜7か月前
- 構成設計・情報収集:発行の4〜5か月前
- 原稿制作・デザイン:発行の2〜4か月前
- 校正・数値確認・最終承認:発行の1〜2か月前
- Web公開・配布・振り返り:発行後
ページ数・制作方法・予算の目安を設定する
ページ数は、掲載したい情報量ではなく、発行目的と読者に必要な情報から決めます。統合報告書発行状況調査では、61〜80ページの報告書が全体の32.8%を占めています。一方で、初年度は重要な情報に絞り、30〜40ページ程度の簡潔な構成から始める方法もあります。
予算は、企画・編集、取材・執筆、デザイン、図表制作、撮影、翻訳、校正、印刷、Web化などで構成されます。外注する範囲によって費用は大きく変わるため、まずは社内で担う業務と外部に任せる業務を切り分けます。印刷物を大量に配布しない場合は、PDFやWeb版を中心にし、印刷部数を抑えることも選択肢です。
他社事例を調べて自社の開示方針に活かす
同業他社や事業構造が近い企業の統合報告書を読み、掲載項目、ページ数、図表の使い方、トップメッセージ、事業戦略の見せ方を確認します。目的は他社の構成をそのまま使うことではなく、業界で求められる基本情報と、自社独自の強みを伝える方法を把握することです。
比較する際は、投資家の視点で次の点を確認すると役立ちます。
- 企業理念から戦略、成果までがつながっているか
- 事業別の強みと成長性が分かるか
- 人材、環境、技術などの非財務情報が事業戦略と結び付いているか
- 目標と実績が定量的に示されているか
- リスクと課題を一方的に隠さず説明しているか
統合報告書の制作体制と役割分担
経営層が担う方針決定とメッセージの発信
経営層は、統合報告書の目的、価値創造ストーリー、経営上の重要課題、開示方針を決定する役割を担います。経営トップのメッセージは、報告書全体の方向性を伝える重要なコンテンツです。担当者が文章を整えるだけでなく、経営者自身の考えや課題認識、将来への意思を引き出すことが必要です。
経営層への確認は、完成間際に初めて行うのではなく、構成案の段階、原稿初稿の段階、最終稿の段階に分けて実施します。早い段階で認識を合わせることで、大幅な手戻りを防げます。
IR・広報部門が担う全体進行と情報発信
IR・広報部門は、プロジェクトの事務局として全体進行を担うことが多い部門です。発行目的の整理、関係部門への依頼、制作会社との連絡、原稿・校正の管理、経営レビューの準備、公開後の発信までを一貫して管理します。
公開後は、自社サイトへの掲載だけで終わらせず、プレスリリース、投資家面談、採用活動、社内イントラネットなどで活用する方法を検討します。統合報告書を起点に、企業として一貫したメッセージを発信することが重要です。
経営企画部門が担う経営戦略と事業情報の整理
経営企画部門は、長期ビジョン、中期経営計画、事業ポートフォリオ、資本配分、成長戦略など、統合報告書の中核となる情報を整理します。事業部門ごとの活動を単に紹介するのではなく、全社戦略のなかで各事業がどのような役割を担うのかを示す必要があります。
価値創造ストーリーの設計では、経営企画部門と主管部門が密に連携することが不可欠です。既存の経営資料と統合報告書の表現や数値に矛盾がないかも確認します。
サステナビリティ部門が担う非財務情報と目標の管理
サステナビリティ部門は、環境、人権、人材、多様性、安全、サプライチェーン、気候変動などの非財務情報を収集・管理します。統合報告書では、取り組みの紹介にとどめず、重要課題が事業戦略やリスク、企業価値にどう関係するかを説明することが大切です。
目標、実績、進捗、今後の対応をセットで示すことで、開示の信頼性を高められます。算定範囲や集計方法、対象期間が前年と変わる場合は、その理由も整理しておきます。
各事業部門・人事・法務・経理との連携方法
事業部門からは事業戦略、競争力、実績、今後の見通しを、人事部門からは人材戦略、育成、働く環境に関する情報を集めます。経理・IR部門とは財務数値や指標の定義を、法務部門とは表現の適切性、リスク情報、権利関係を確認します。
部門横断で進める場合は、各部門に窓口担当者を置くと効率的です。主管部門がすべての情報を直接集めようとすると負担が集中するため、窓口担当者が情報提供と事実確認を担う体制をつくります。
社内から必要な情報を集める進め方
掲載項目を一覧化して依頼先と期限を決める
情報収集を始める前に、構成案に沿って掲載項目を一覧化します。各項目について、依頼先、担当者、必要なデータ、提出形式、提出期限、確認者を決めます。これにより、依頼漏れや確認漏れを防ぎやすくなります。
依頼時には、「人材に関する情報をください」のような抽象的な依頼ではなく、「人材戦略の方針、育成施策、対象者数、目標、実績、今後の課題を指定様式で提出してください」と具体的に伝えます。用途や掲載予定ページを示すと、情報提供者も必要な内容を判断しやすくなります。
事業部門から集める事業戦略・実績・今後の見通し
事業部門からは、事業環境、顧客ニーズ、競争優位、収益構造、重点施策、実績、今後の成長機会などを集めます。紹介文だけでは投資家にとって判断材料になりにくいため、事業がどのように価値を生み、全社戦略にどう貢献するのかを確認します。
事業別の情報は、説明の粒度や表現がばらつきやすい領域です。主管部門が共通の質問項目を用意し、必要に応じて事業責任者への取材を実施すると、全体として一貫した内容にまとめやすくなります。
人事・サステナビリティ部門から集める人材・環境・社会の情報
人事部門からは、人材育成、採用、配置、後継者育成、多様性、従業員エンゲージメント、安全衛生などの情報を収集します。サステナビリティ部門からは、環境目標、温室効果ガス排出量、資源循環、人権、地域社会との関わり、サプライチェーン管理などを集めます。
非財務情報は、活動内容だけを掲載すると、企業価値との関係が見えにくくなります。取り組む背景、経営上の重要性、目標、実績、課題、今後の対応を確認し、事業戦略とのつながりを意識して編集します。
経理・IR部門と数値や用語の整合性を確認する
統合報告書に掲載する数値は、有価証券報告書、決算説明資料、サステナビリティデータブックなどと整合している必要があります。売上高、利益、ROEなどの財務指標だけでなく、従業員数、女性管理職比率、排出量といった非財務指標も、対象範囲や集計時点を確認します。
用語の統一も重要です。事業名称、組織名称、役職名、KPIの名称などが媒体ごとに異なると、読者に混乱を与えます。数値と用語を管理する一覧表を作成し、経理・IR・サステナビリティ部門で確認する運用が有効です。
情報収集の遅れや認識のずれを防ぐ依頼と確認の工夫
情報収集の遅れを防ぐには、依頼時に目的、依頼内容、締切、確認方法を明確にすることが基本です。加えて、提出期限の直前ではなく、途中経過を確認する日を設定しておくと、遅延の兆候を早めに把握できます。
情報提供者が多い場合は、定例会や進捗表を活用し、未提出項目や確認待ち項目を可視化します。依頼内容に不明点がある場合は、個別に解釈して進めてもらうのではなく、早めに質問を受け付け、全体に共有することが認識のずれを防ぐポイントです。
構成設計から原稿制作・経営レビューまでの流れ
価値観・事業モデル・戦略・成果を一貫した流れで組み立てる
統合報告書では、理念や価値観、長期ビジョン、事業モデル、経営戦略、成果、将来の見通しを一貫した流れで示します。一般的には、企業の存在意義と価値観を示した後、価値創造の仕組み、事業戦略、各事業の取り組み、サステナビリティ、ガバナンス、データへと展開します。
国際統合報告フレームワークでは、組織概要と外部環境、ガバナンス、ビジネスモデル、リスクと機会、戦略と資源配分、実績、見通し、作成と表示の基礎という8つの内容要素が示されています。自社の発行目的に合わせて、これらの要素を過不足なく取り入れます。
リスクと機会・ガバナンス・重要指標をわかりやすく示す
投資家は、成長戦略だけでなく、企業がどのようなリスクを認識し、どう対応しているかも確認します。経済環境、技術変化、人材、気候変動、法規制、情報セキュリティなど、自社の価値創造に影響するリスクと機会を整理し、対応方針を示します。
重要指標は、単年度の実績だけでなく、目標と推移を掲載すると、進捗を把握しやすくなります。達成できていない目標がある場合も、背景や改善策を説明することで、透明性と信頼性を高められます。ガバナンスについては、取締役会の役割、監督体制、リスク管理、役員報酬の考え方などを、事業戦略との関係も含めて示します。
経営トップへの取材とメッセージ作成を進める
トップメッセージは、経営者の考えを自分の言葉で伝える重要なページです。定型的なあいさつにせず、事業環境の認識、経営上の課題、成長戦略、資本配分、サステナビリティへの考え方、ステークホルダーへの約束などを具体的に聞き取ります。
取材前には、質問項目、既存の経営資料、投資家から寄せられた主な質問を整理します。取材後は、発言をそのまま文字に起こすのではなく、経営者の意図を損なわない範囲で構成し、事実関係と表現を確認します。トップメッセージは、報告書全体のストーリーと矛盾がないことも重要です。
原稿・図表・デザインを確認する際のチェックポイント
原稿確認では、誤字脱字だけでなく、事実、数値、用語、主語、対象範囲、時点の確認が必要です。特に「増加した」「業界トップ」「大幅に改善した」といった表現は、根拠となるデータや比較条件を確認します。
図表は、見栄えだけでなく、何を伝えるための図なのかを確認します。グラフの単位、期間、注記、比較対象が明確か、色の意味が統一されているかも重要です。デザインは、企業らしさを表現しつつ、読みやすさや情報の優先順位を損なわないことを重視します。
経営層レビューと最終承認を円滑に進める方法
経営層レビューでは、細かな文言修正だけでなく、報告書全体が経営方針や戦略を正しく反映しているかを確認します。レビュー資料には、確認してほしい論点、変更点、未確定事項を整理して添えると、意思決定が進みやすくなります。
最終承認の直前に大きな構成変更が起きないよう、構成案、主要ページ、トップメッセージの段階で段階的に合意を得ます。承認者、承認範囲、承認期限をあらかじめ決め、口頭の修正指示も記録に残すことで、確認漏れを防げます。
外部パートナーの活用と公開後の改善
外注を検討すべき業務と社内で担うべき業務
外注を検討しやすい業務には、企画・構成設計、取材、原稿執筆、デザイン、図表制作、翻訳、校正、印刷、Web化などがあります。初年度でノウハウが不足している場合や、担当者が少人数の場合は、プロジェクト管理を含めて外部の支援を活用すると進めやすくなります。
一方で、発行目的の決定、経営戦略の確認、社内情報の提供、事実確認、最終承認は社内が担うべき業務です。制作会社に任せきりにすると、自社らしさや経営の意思が十分に反映されない可能性があります。外部パートナーは、社内の考えを整理し、読者に伝わる形へ変換する役割として活用します。
制作会社を選ぶ際に確認したい支援範囲と実績
制作会社を選ぶ際は、デザイン実績だけでなく、統合報告書の企画・編集、IR、サステナビリティ情報開示に関する知見を確認します。自社と近い業界や企業規模の実績があるか、経営層への取材や価値創造ストーリーの設計に対応できるかも重要です。
見積もりを依頼する前に、自社が求める支援範囲を整理しましょう。たとえば、構成案だけ必要なのか、原稿執筆も依頼するのか、英語版やWeb版まで必要なのかによって、適した会社は異なります。担当ディレクターとの相性や連絡の取りやすさも、長期的な制作体制を考えるうえで重要です。
見積もりを比較する際の費用項目と注意点
見積もりは総額だけで比較せず、業務項目ごとに含まれる範囲を確認します。企画、取材、原稿作成、デザイン、図表、撮影、翻訳、校正、印刷、Web化、進行管理などを分けて確認すると、各社の違いが分かりやすくなります。
特に確認したい項目は、取材回数、原稿本数、デザイン提案数、修正回数、数値差し替えの回数、英語版の範囲、印刷仕様、著作権や二次利用の範囲です。たとえば図表や写真を採用サイト、決算説明資料、社内資料に転用する予定がある場合は、利用条件を事前に確認します。
公開前の校正・数値確認・承認手続きを徹底する
公開前には、原稿校正、数値照合、図表確認、法務確認、最終承認を実施します。数値は、本文、図表、注記、目次、英語版、Web版のすべてで一致しているかを確認します。データ更新に伴って本文の説明と矛盾していないかも確認が必要です。
承認手続きでは、誰が何を確認し、いつ承認したのかを記録します。オンライン校正ツールなどを活用すると、複数部門の確認状況や修正履歴を共有しやすくなります。公開直前の修正は新たな誤りを生みやすいため、変更箇所を重点的に再確認します。
読者の反応を次年度の企画と制作体制に活かす
統合報告書は、発行して終わりではありません。投資家面談での質問、社内からの感想、採用活動での活用状況、Web版の閲覧状況などを集め、読者がどの情報に関心を持ったかを確認します。
発行後は、関係部門と振り返りを行い、情報収集の遅れ、確認フローの課題、外部パートナーとの連携、読者からの評価を整理します。初年度から完璧を目指すのではなく、毎年の改善を通じて、自社の価値創造をより分かりやすく伝えられる統合報告書へ育てていくことが重要です。











