はじめに
ランサムウェアの脅威と現状
ランサムウェアは「Ransom(身代金)」と「Software(ソフトウェア)」を組み合わせた造語であり、感染したコンピュータのデータを暗号化したり、システムにロックをかけたりして、その解除と引き換えに金銭を要求する不正プログラムです。
近年、ランサムウェアによる被害は世界的に拡大しており、警察庁の発表によると、日本国内の被害報告件数も増加傾向にあります。特に2020年下期と比較して2022年下期は約6倍に増加しており、2024年に入っても高水準で推移しています。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が発表する「情報セキュリティ10大脅威」では、組織における脅威の第1位に5年連続で「ランサムウェアによる被害」がランクインしており、企業や組織にとって最も深刻なサイバー脅威の一つとなっています。
従来のランサムウェアは不特定多数のユーザーを狙った「ばらまき型」が主流でしたが、近年では、特定の企業や組織を狙い、VPN機器の脆弱性やリモートデスクトップの認証不備を悪用して侵入する「標的型」攻撃が増加しています。さらに、データを暗号化するだけでなく、窃取した情報を公開すると脅迫する「二重脅迫(ダブルエクストーション)」や、DDoS攻撃を組み合わせた「多重脅迫」といった悪質な手口も確認されており、被害はより深刻化しています。
本記事の対象読者と目的
本記事は、ランサムウェアの脅威について理解を深めたいと考えている一般企業IT管理者、中小企業の経営者・担当者、医療・教育機関のシステム担当者、そして個人ユーザーの皆様を対象としています。
ランサムウェアによってデータが暗号化される仕組みや、感染経路、実際に発生した被害事例から学ぶリスクとインパクト、そして今すぐ実践できる具体的な対策方法を分かりやすく解説します。万が一感染してしまった際の初動対応や、復旧に役立つ情報もご紹介することで、読者の皆様がランサムウェアの脅威から自身や組織のデータを守り、安心してデジタル環境を利用できることを目的としています。
ランサムウェアの基本とファイル暗号化の仕組み
ランサムウェアとは何か
ランサムウェアは、感染したコンピュータやネットワーク上のファイルを暗号化し、アクセスできない状態にした上で、その復号と引き換えに身代金(Ransom)を要求する悪意のあるソフトウェア(マルウェア)の一種です。身代金は、ビットコインなどの暗号資産で要求されることが多く、支払い期限が設けられている場合もあります。
ランサムウェアには大きく分けて2つのタイプがあります。
- Lockerランサムウェア: コンピュータの基本的な機能をブロックし、デスクトップへのアクセスを拒否するタイプです。マウスやキーボードが部分的に使用できなくなるなどの制限をかけますが、通常、重要なファイルを直接ターゲットにすることは少なく、データが完全に破壊される可能性は低いとされています。
- Cryptoランサムウェア(暗号化ランサムウェア): ドキュメント、写真、ビデオなどの重要なデータを暗号化するタイプです。コンピュータの基本的な機能は妨害しませんが、ユーザーはファイルを見ることができてもアクセスできなくなり、データ損失の危険性が高まります。身代金の支払いを促すために「期限までに支払わなければ、ファイルはすべて削除される」といったカウントダウンが表示されることもあります。
ファイルが暗号化されるプロセス
ランサムウェアによるファイル暗号化は、多くの場合、非常に巧妙かつ高速に行われます。その一般的なプロセスは以下の通りです。
- 侵入と情報送信: ランサムウェアがPCに侵入すると、まず攻撃者のコマンド&コントロール(C&C)サーバーへホストマシンの情報(アカウントのアクセス権限、地理的な所在地、IPアドレス、OSの詳細など)を送信します。
- 暗号化鍵の取得とファイルの暗号化: C&Cサーバーから暗号化に必要な秘密鍵が送られてきます。この鍵は攻撃者のみが知り、被害者が自力で復号することは極めて困難です。ランサムウェアは、この鍵を使ってPC内のファイルを暗号化し、使用不能にします。多くのランサムウェアは、ファイルのサイズや種類に応じて一部だけを暗号化したり、ファイルごとに異なる鍵を使用したりすることで、暗号化処理の効率を高めています。
- 身代金要求の表示: ファイルの暗号化が完了すると、通常、デスクトップの壁紙が変更されたり、テキストファイルやHTMLファイルとして身代金の支払いを要求するメッセージ(ランサムノート)が表示されます。ここには、支払い方法や連絡先、支払い期限などが記載されています。
- ランサムウェアの自己削除: セキュリティベンダーによる追跡や解析を防ぐため、ランサムウェア自体がシステムから自己削除されるケースもあります。
暗号化には「ハイブリッド暗号方式」が用いられることが一般的です。これは、処理速度の速い共通鍵暗号方式でファイルを暗号化し、その共通鍵を、処理は遅いが鍵管理が容易な公開鍵暗号方式でさらに暗号化するというものです。この方式により、攻撃者はマスター秘密鍵を安全に保持しつつ、効率的に多数のファイルを暗号化し、身代金支払い後にセッション秘密鍵を渡すことでファイルを復号できるようにします。
二重脅迫や進化する手口の最新動向
ランサムウェアの攻撃は日々進化しており、特に近年では「二重脅迫(ダブルエクストーション)」や、それ以上の「多重脅迫」といった悪質な手口が主流となっています。
- 二重脅迫: データを暗号化して身代金を要求するだけでなく、事前に被害組織から機密情報を窃取し、「身代金を支払わなければ、盗んだ情報を公開する」と脅迫する手口です。これにより、被害組織はデータの回復だけでなく、情報漏洩による社会的信用失墜や損害賠償のリスクにも直面し、より高額な身代金支払いを強いられるケースが増えています。
- 多重脅迫: 二重脅迫に加え、被害組織のウェブサーバーなどにDDoS攻撃を仕掛けてサービス提供を妨害したり、取引先などの関連組織に情報漏洩を通知したりするなど、さらなる圧力をかける手口です。
- ノーウェアランサム: データを暗号化することなく、データを窃取した上で「対価を支払わなければデータを公開する」と要求する手口も確認されています。
- Ransomware as a Service(RaaS): ランサムウェアの攻撃ツールやインフラをサービスとして提供するビジネスモデルが普及しています。これにより、高度な技術知識を持たない攻撃者でも、比較的容易にランサムウェア攻撃を仕掛けることが可能となり、攻撃件数の増加に拍車をかけています。
- ファイルレス型ランサムウェア: マルウェア本体を起動するためのコードをディスクに書き込む必要がないため、パターンマッチングなどの従来のセキュリティソフトでは検知が難しいとされています。
これらの手口の巧妙化により、ランサムウェアは単なるデータ暗号化の脅威にとどまらず、企業の事業継続を脅かす重大なリスクとなっています。
被害事例から学ぶリスクとインパクト
ランサムウェア攻撃は、企業規模や業種を問わず、深刻な被害をもたらしています。ここでは、実際に発生した事例から、そのリスクと経済的・社会的インパクトを学びます。
事例1:大手企業のシステムダウン
- 大手自動車メーカーの事例: 2022年3月、国内大手自動車メーカーの主要取引先企業がランサムウェア攻撃を受け、社内サーバーが異常を検知しネットワークを遮断しました。この影響で、大手自動車メーカーとの受発注ができなくなり、国内の全14工場が一時的に操業停止に追い込まれました。最終的には翌日には工場は復旧したものの、合計で1万3,000台以上の車両生産が遅延するという深刻な損害が発生しました。この事例では、VPN装置が旧型でアップデートプログラムが提供されていなかったことが侵入を許す要因とされています。
- 大手総合印刷企業の海外グループ会社: 2025年4月、海外グループ会社がランサムウェア攻撃を受け、一部サーバーが暗号化されました。保有していた顧客情報の一部が流出した可能性が指摘されています。
これらの事例は、サプライチェーン全体に影響が及ぶ「サプライチェーン攻撃」のリスクも示唆しており、自社だけでなく取引先のセキュリティ対策も重要であることを浮き彫りにしています。
事例2:医療・教育機関のデータ漏洩
- 国内某病院の事例: 2021年10月、VPN機器の脆弱性を突かれてランサムウェアに感染し、電子カルテや会計などすべてのシステムが停止しました。約8万5,000人分の患者データが暗号化され、復旧には約2カ月を要し、新たなシステム構築に約2億円の費用がかかりました。身代金の要求には応じなかったものの、医療サービスの提供に甚大な影響が出ました。
- 某大学の事例: 2022年6月、ネットワークストレージ(NAS)が不正アクセスを受け、ランサムウェアに感染しました。データの一部が暗号化され、身代金を要求される事態に発展しましたが、復旧までに約2カ月を要しました。
- 宇都宮の病院の事例: 2025年2月、ランサムウェア攻撃により最大30万人分の患者および病院関係者の個人情報が漏洩した可能性があります。システムの遮断により、当面の間、診察および健診業務に制限がかかっています。
- 県立精神科医療センターの事例: 2024年5月、VPN機器の更新を怠ったことが原因でランサムウェアに感染し、最大4万人分の患者情報や議事録などが流出し、ダークウェブに掲載されました。
医療機関や教育機関は、個人情報や機微な情報を大量に保有しているため、ランサムウェアの格好の標的となります。このような攻撃は、サービスの停止だけでなく、患者や生徒のプライバシー侵害という深刻な問題を引き起こします。
復号不可のリスクと経済的・社会的影響
ランサムウェアに感染した場合、身代金を支払ったとしてもデータが必ず復旧する保証はありません。多くの専門機関や法執行機関は、身代金の支払いを推奨していません。その理由は以下の通りです。
- 復旧の不確実性: 支払っても、攻撃者が復号鍵を渡さなかったり、渡されても正しく機能しなかったりするケースがあります。
- 犯罪の助長: 身代金の支払いは、サイバー犯罪グループにとって「儲かるビジネス」であることを示し、さらなる攻撃を助長する可能性があります。
- 法的・倫理的問題: 身代金の支払いが、法的に問題視される可能性や、犯罪活動への資金提供と見なされる倫理的な問題も発生します。
ランサムウェアによる被害は、経済的にも社会的にも甚大な影響を及ぼします。
- 金銭的損失: 身代金の要求額は高額化しており、支払いに応じなくとも、システムの復旧、調査、対策費用に多大なコストがかかります。警察庁の調査では、1,000万円以上の復旧費用がかかったケースが47%を占めています。
- 業務停止と機会損失: システムが利用できなくなることで、業務やサービスが停止し、生産性の低下、顧客への影響、売り上げの減少など、直接的な経済的損失が発生します。
- 情報漏洩: 二重脅迫型の場合は、個人情報や機密情報の漏洩が発生し、個人情報保護法に基づく報告義務や、損害賠償責任が発生する可能性があります。
- 社会的信用の失墜: 被害が公になることで、企業イメージやブランド価値が著しく低下し、顧客や取引先からの信頼を失うことにつながります。これは長期的な経営へのダメージとなり得ます。
これらのリスクを回避するためには、感染を未然に防ぐ対策と、万が一感染した場合の適切な対応計画が不可欠です。
侵入と感染経路——組織や個人が狙われるタイミング
ランサムウェアがシステムに侵入・感染する経路は多岐にわたり、攻撃者は常に新たな手口を開発しています。
代表的な感染パターン(メール、Web、脆弱性など)
- 電子メール(フィッシングメール): 最も一般的な感染経路の一つです。不審な添付ファイル(実行ファイル、JavaScriptファイル、マクロを有効化したOfficeファイルなど)や悪意のあるリンクを含むメールを受信者が開くことで感染します。近年では、大手企業や知人を装い、「支払い請求書」「荷物の配達通知」「注文確認」といった巧妙な件名でユーザーを騙す手口が増加しています。
- Webサイトの閲覧(ドライブバイダウンロード、不正広告): 改ざんされたWebサイトを閲覧しただけで、ユーザーの意図しないうちにマルウェアがダウンロードされ感染する「ドライブバイダウンロード」や、正規のWebサイトに表示される広告が悪用され、悪意のあるWebサイトに誘導される「マルバタイジング」などがあります。OSやソフトウェアの脆弱性が放置されている場合に特に危険です。
- ソフトウェアやファイルのダウンロード: 信頼できないWebサイトからダウンロードしたフリーソフトや、海賊版の音楽・動画ファイル、偽装されたソフトウェアなどにランサムウェアが仕込まれているケースがあります。
- OSやアプリケーション、ネットワーク機器の脆弱性: OS(Windows、macOSなど)や各種アプリケーション、VPN機器、リモートデスクトッププロトコル(RDP)などのネットワーク機器に存在するセキュリティ上の欠陥(脆弱性)が悪用され、外部から直接ネットワークに侵入されるケースが増加しています。特にリモートワークの普及に伴い、VPN機器の脆弱性を狙った攻撃が顕著です。
- USBメモリなどのリムーバブルメディア: 感染したUSBメモリなどをPCに接続した際に、自動実行機能(Auto run)が悪用されてランサムウェアが拡散するケースがあります。
最近増えている標的型・人的要因の攻撃
- 標的型攻撃: 従来の不特定多数を狙った「ばらまき型」とは異なり、特定の企業や組織を明確なターゲットとして、入念な計画のもとに攻撃を仕掛ける手法が主流となっています。支払い能力のある企業を狙うことで、効率的に高額な身代金を回収しようとします。攻撃者はターゲットの情報を事前に調査し、その組織の環境や業務プロセスに合わせた手口を用いるため、検知が困難になる傾向があります。
- 人的要因を狙った攻撃(ソーシャルエンジニアリング): 従業員のセキュリティ意識の低さや操作ミスを悪用する攻撃です。フィッシングメールはその典型であり、受信者が不審なメールだと気づかずに添付ファイルを開いたり、リンクをクリックしたりすることで感染を誘導します。また、従業員が会社の許可なくソフトウェアをインストールしたり、セキュリティ教育を受けていなかったりすることも、感染リスクを高める人的要因となります。
- Ransomware as a Service(RaaS)の台頭: ランサムウェア攻撃に必要なツールやインフラがサービスとして提供されるRaaSの普及により、技術的な知識がなくてもランサムウェア攻撃を容易に実行できるようになりました。これにより、攻撃者の裾野が広がり、ランサムウェア攻撃全体の件数が増加しています。
これらの侵入経路や手口を理解し、組織的・個人的に適切な対策を講じることが、ランサムウェアの脅威から身を守るために不可欠です。
今すぐできる10の対策
ランサムウェアから身を守るためには、複数の対策を組み合わせた「多層防御」が不可欠です。ここでは、技術的対策、運用面のポイント、そしてバックアップとリストア体制に分けて、今すぐできる10の対策をご紹介します。
技術的対策
OS/ソフトウェアの最新化
OS(Windows, macOSなど)やアプリケーション、そしてVPN機器などのネットワーク機器の脆弱性を狙った攻撃は多いため、常に最新の状態にアップデートしておくことが重要です。セキュリティパッチが適用されることで、既知の脆弱性が修正され、感染リスクを低減できます。自動更新設定を活用し、定期的に更新が適用されているかを確認しましょう。
ウイルス対策ソフト・EDRの導入
- ウイルス対策ソフト: ランサムウェアを含むマルウェアの侵入を水際で防ぐ基本的な対策です。定義ファイルを常に最新の状態に保ち、リアルタイムスキャン機能を有効にしておくことが重要です。従来のパターンマッチングだけでなく、AIや機械学習を活用した「次世代型アンチウイルス(NGAV)」は、未知のマルウェアにも対応できるため、導入を検討しましょう。
- EDR(Endpoint Detection and Response): アンチウイルスソフトをすり抜けて侵入したランサムウェアの活動を、エンドポイント(PCやサーバーなど)内で継続的に監視し、不審な挙動を検知・分析して迅速に対処するためのセキュリティソリューションです。脅威の封じ込め、感染拡大の防止、原因特定に役立ちます。アンチウイルスソフトとEDRを併用することで、より強固なエンドポイントセキュリティ体制を確立できます。
不審なリンク・添付ファイルのブロック
メールやWebサイトを介した感染を防ぐために、以下の対策を講じましょう。
- メールサービスのスキャン・フィルタリング機能: GmailやYahoo!メールなどのメールサービスが提供するウイルススキャンや迷惑メールフィルタリング機能を活用し、ランサムウェアを含む不審なメールの受信をブロックしましょう。
- URLフィルタリング: 業務に関係のない危険なWebサイトへのアクセスを制限するURLフィルタリングを導入することで、ユーザーが誤って不正なサイトにアクセスし、ランサムウェアに感染するリスクを低減できます。
運用面のポイント
権限管理とパスワード強化
- 最小権限の原則: ユーザーアカウントに与える権限は必要最小限にし、一般ユーザーに管理者権限を割り当てないようにしましょう。これにより、万が一アカウントが侵害されても、被害の範囲を局所化できます。
- パスワードの強化: 推測されにくい複雑なパスワードを設定し、他のサービスとの使い回しは避けましょう。大文字・小文字・数字・記号を組み合わせ、10文字以上の長さを持つパスワードが推奨されます。
- 多要素認証(MFA)の導入: パスワードだけでなく、スマートフォンアプリによる認証コードや生体認証など、複数の要素を組み合わせて認証を行う多要素認証を導入することで、認証情報を窃取されても不正アクセスを防ぐことができます。特にVPNやリモートデスクトップなど、外部からのアクセスポイントにMFAを適用することは必須です。
社員教育・啓発活動
技術的な対策だけでなく、「人」のセキュリティ意識を高めることが重要です。
- 定期的なセキュリティトレーニング: フィッシングメールの見分け方、不審なWebサイトへの注意、安全なファイルのダウンロード方法など、ランサムウェアの最新の手口と対策について従業員に定期的に教育を実施しましょう。
- シミュレーション訓練: 実際のランサムウェア攻撃を想定したシミュレーション訓練を行い、緊急時の対応フローを従業員に体験させることで、冷静かつ迅速な初動対応が可能になります。
- セキュリティポリシーの周知徹底: 組織全体のセキュリティポリシーを明確に策定し、従業員全員がその内容を理解し、遵守するように徹底しましょう。
バックアップとリストア体制
3-2-1ルールとオフラインバックアップ
ランサムウェア対策において最も重要なのは、万が一感染してデータが暗号化されても復旧できる体制を整えることです。
- 3-2-1ルール: データのバックアップにおいて守るべきルールとして「3-2-1ルール」が推奨されます。
- 少なくともデータは3つのコピーを持つ(オリジナル+2つのバックアップ)。
- 異なる2種類のメディア(例:内蔵HDDと外付けHDD、またはクラウドストレージ)に保存する。
- そのうち1つはオフサイト(物理的に離れた場所)に保管する。
- オフラインバックアップ: バックアップデータ自体がランサムウェアに暗号化されることを防ぐため、バックアップ作業が完了したら、バックアップメディアをネットワークから物理的に切り離して保管しましょう。NASやクラウドストレージにバックアップする場合も、限定したユーザーのみがアクセスできる設定にするなど、アクセス制限を徹底することが重要です。
復旧訓練・テスト
バックアップが確実に機能するかどうかを定期的に確認することが重要です。
- 定期的なリストアテスト: バックアップデータから実際にシステムを復元する訓練を定期的に実施し、復旧手順や所要時間を確認しましょう。これにより、緊急時にスムーズな復旧が可能になります。
- 事業継続計画(BCP)の策定: ランサムウェア感染による業務停止を想定し、事業継続計画(BCP)を策定・見直し、緊急時の対応体制や優先業務、代替手段などを明確にしておきましょう。
感染時の初動対応と被害回復手段
万が一ランサムウェアに感染してしまった場合、迅速かつ適切な初動対応が被害の拡大を食い止め、回復を早める鍵となります。
感染が疑われたときの対応フロー
- 感染端末の特定と隔離: ランサムウェアに感染した疑いがある端末を特定し、直ちにネットワークから物理的に切り離します。有線LANの場合はケーブルを抜き、無線LANの場合はWi-Fiをオフにするか、機内モードに設定します。これにより、ランサムウェアがネットワーク内の他の端末やサーバーに感染を広げるのを防ぎます。
- 電源を切らない: 感染したPCの電源は切らないようにしましょう。電源を切ると、感染原因の調査に必要なログや一時的にメモリ上に残っている復元に必要な情報が失われる可能性があります。サスペンド機能やハイバネーション機能で休止状態にすることで、情報が保持される場合があります。
- 状況の記録: デスクトップに表示された身代金要求のメッセージ画面や、暗号化されたファイルの拡張子、ランサムウェアが生成した脅迫文書などを写真に撮るなどして記録しておきましょう。これらは、後でランサムウェアの種類を特定し、復旧ツールを探す際に役立ちます。
- 関係者への報告: 組織内のセキュリティ管理者やIT部門、上長に速やかに報告します。組織全体で状況を把握し、対応方針を決定することが重要です。場合によっては、支店や提携会社などにも連絡し、感染拡大防止に努めます。
感染端末の隔離・ネットワーク遮断
上述の通り、感染した端末をネットワークから隔離することは、最優先で行うべき初動対応です。これにより、被害を局所化し、さらなる感染拡大を防ぎます。
警察・公的機関への相談
ランサムウェアの被害に遭った場合、速やかに以下の警察・公的機関へ相談・通報しましょう。
- 警察: 最寄りの警察署、またはサイバー犯罪相談窓口に連絡します。警察庁のウェブサイトには「サイバー事案に関する通報等のオンライン受付窓口」があり、オンラインでの通報・相談も可能です。被害状況を詳しく説明できるよう、記録した情報を持参するとスムーズです。警察は事件捜査を行うだけでなく、被害防止のための情報提供や助言も行います。
- 情報処理推進機構(IPA): IPAの情報セキュリティ安心相談窓口やコンピュータウイルス・不正アクセス届出窓口に相談できます。ランサムウェア対策に関する専門的な情報やアドバイスを提供しています。
- 日本サイバー犯罪対策センター(JC3): サイバー犯罪の実態解明と脅威軽減を目的とした機関で、ランサムウェア対策に関する情報提供や相談を受け付けています。
- JPCERT/CC: インシデント対応の専門家集団であり、ランサムウェア攻撃を受けた際の初動対応や復旧に関する技術的な相談が可能です。
これらの機関は国際的な協力体制も持っており、復号ツールの提供など、被害回復に向けた支援を行っています。
復号ツールやバックアップからの復元
- バックアップからの復元: 最も推奨される復旧手段です。ランサムウェアに感染する前に取得した、安全な(暗号化されていない)バックアップデータがあれば、それを利用してファイルを復元できます。オフラインで保管されたバックアップは、ランサムウェアの被害を受けにくいため、非常に有効です。
- 復号ツール: 一部のランサムウェアについては、「No More Ransom」プロジェクトのウェブサイトなどで無料の復号ツールが公開されています。感染したランサムウェアの種類を特定できれば、対応するツールが見つかる可能性があります。ただし、すべてのランサムウェアに対応しているわけではなく、バージョンや種類によっては利用できない場合がある点に注意が必要です。また、復号ツールを使用する前に、必ずランサムウェア本体や関連マルウェアを駆除しておく必要があります。
身代金要求への対応方針
前述の通り、身代金の支払いには応じないことが強く推奨されます。支払ったとしてもデータが復旧する保証はなく、犯罪を助長することにつながるからです。警察やセキュリティ専門機関もこの方針を掲げています。
もし攻撃者から交渉のメッセージが届いたとしても、通常は反応すべきではありません。判断に迷う場合は、速やかに警察や専門機関に相談し、指示を仰ぎましょう。
おすすめソリューション・便利な外部リソース
ランサムウェアの脅威に対抗するためには、適切なソリューションの導入と、信頼できる外部リソースの活用が不可欠です。
信頼できる対策ツール/サービス例
- 総合セキュリティ対策ソフト/NGAV/EDR:
- リアルタイム保護・振る舞い検知: 常にシステムを監視し、ランサムウェアの挙動をリアルタイムで検知・ブロックする機能を持つ製品を選びましょう。従来のパターンマッチングだけでなく、AIや機械学習を活用した次世代型アンチウイルス(NGAV)や、侵入後の脅威を検知し対処するEDRは特に有効です。
- 自動アップデート: 最新の脅威に対応するため、定義ファイルやプログラムが自動的に更新される製品を選びましょう。
- 製品例: カスペルスキー セキュリティ、LANSCOPE サイバープロテクション(Deep Instinct, Aurora Managed Endpoint Defense)、CylancePROTECTなど、多様な製品が提供されています。
- ファイル自動暗号化ソリューション:
- ファイル単位での暗号化: ファイルが保存された時点で自動的に暗号化処理が行われるソリューションです。これにより、万が一ランサムウェアに感染しても、暗号化されたファイルを第三者が読み取ることができず、情報漏洩のリスクを低減できます。
- 製品例: InterSafe FileProtectionなど。
- バックアップソリューション:
- オフラインバックアップ対応: ランサムウェアからバックアップデータを保護するため、ネットワークから切り離して保存できる機能や、WORM機能(一度書き込んだら変更・削除できない機能)を持つストレージを検討しましょう。
- 世代管理: 複数世代のバックアップを保持することで、感染前のクリーンな状態に確実に復元できるようになります。
- ネットワーク監視システム(NDR):
- 異常検知と可視化: ネットワーク全体のトラフィックを常時監視し、不審な通信や挙動を早期に検知するソリューションです。これにより、ランサムウェアの侵入や内部での横展開を早期に発見できます。
- 製品例: Darktraceなど。
- インシデント対応支援サービス:
- フォレンジック調査: 感染が疑われる、または確認された場合に、専門家が感染経路や影響範囲、被害状況を詳細に調査するサービスです。
- 復旧支援: 被害を受けたシステムの復旧やデータ復元、再発防止策のアドバイスなど、インシデント発生後の対応を支援します。
- サービス例: LANSCOPE サイバープロテクションのインシデント対応パッケージ、JNSA加盟セキュリティ専門企業のサイバーインシデント緊急対応企業一覧など。
公的機関・相談窓口一覧
- 警察庁:
- サイバー事案に関する通報等のオンライン受付窓口: サイバー事案に関する通報・相談・情報提供をオンラインで行えます。
- 都道府県警察のサイバー犯罪相談窓口一覧: 各都道府県警察のサイバー犯罪相談窓口の連絡先を掲載しています。
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA):
- 情報セキュリティ安心相談窓口: 一般的な情報セキュリティに関する技術的な相談を受け付けています。
- コンピュータウイルス・不正アクセス届出窓口: コンピュータウイルスや不正アクセスに関する届出を受け付けています。
- ランサムウェア対策特設ページ: ランサムウェアに関する最新情報や対策情報がまとまっています。
- 一般財団法人日本サイバー犯罪対策センター(JC3): サイバー犯罪の実態解明と脅威軽減のための産学官協働機関。ランサムウェア対策に関する情報提供や相談を行っています。
- JPCERT/CC: 日本のコンピュータセキュリティインシデント対応チーム。インシデント発生時の技術的な相談を受け付けています。ウェブサイトには「侵入型ランサムウェア攻撃を受けたら読むFAQ」など、具体的な情報が掲載されています。
- 「No More Ransom」プロジェクト: 欧州刑事警察機構(ユーロポール)などが主導する国際プロジェクトで、ランサムウェアの危険性や対策に関する情報提供、そして無料の復号ツールを提供しています。感染したランサムウェアの種類を特定し、復号ツールを探す際に非常に役立ちます。
参考サイト・ナレッジベース
- NISC(内閣サイバーセキュリティセンター): 「ストップ! ランサムウェア ランサムウェア特設ページ」など、サイバーセキュリティに関するポータルサイトを提供しています。
- セキュリティベンダー各社のブログや特設ページ: トレンドマイクロ、カスペルスキー、JPCERT/CCなどの主要セキュリティベンダーは、ランサムウェアの最新動向、攻撃手法、具体的な対策方法などに関する豊富なナレッジベースやブログ記事を公開しています。これらを定期的にチェックし、最新情報を入手することが重要です。
- 政府広報オンライン: ランサムウェアに関する啓発記事などを公開しており、企業や個人の対策の参考にできます。
これらのソリューションやリソースを積極的に活用し、ランサムウェアの脅威から身を守りましょう。
まとめ
日々進化する脅威に備えて
ランサムウェアは、データの暗号化と引き換えに身代金を要求する悪質なマルウェアであり、その攻撃手法は「二重脅迫」や「RaaS」といった形で日々巧妙化し、被害は増加の一途を辿っています。企業・組織の規模や業種を問わず、誰もが標的となり得る深刻なサイバー脅威であり、システムダウン、情報漏洩、経済的損失、社会的信用の失墜といった甚大な被害をもたらします。
この進化する脅威に対しては、単一の対策に依存するのではなく、多層的な防御体制を構築し、常に最新の情報を入手して対策を更新していくことが不可欠です。
この記事を今後どう活かすか
本記事で解説したランサムウェアの対策は、今日からすぐに実践できるものばかりです。
- 予防の徹底: OSやソフトウェアの常に最新化、信頼できるウイルス対策ソフトやEDRの導入、不審なメールやWebサイトへの細心の注意、多要素認証の活用、そして何よりもデータの定期的なオフラインバックアップといった技術的対策を徹底しましょう。
- 「人」のセキュリティ意識向上: 従業員一人ひとりがランサムウェアの脅威を理解し、適切な行動がとれるよう、定期的なセキュリティ教育や訓練を行いましょう。不審な点があればすぐに報告できる組織文化を醸成することも重要です。
- 緊急時の準備: 万が一感染してしまった場合の初動対応フロー(感染端末の隔離、電源を切らない、状況記録、専門機関への連絡)を事前に明確にしておきましょう。身代金の支払いには応じないという原則を組織内で共有し、バックアップからの復旧を最優先とする体制を確立することが肝要です。
- 外部リソースの活用: 警察やIPA、JPCERT/CC、JC3、「No More Ransom」プロジェクトといった公的機関や、セキュリティベンダーが提供する復号ツールや情報、専門サービスを積極的に活用しましょう。自社だけで全てを解決しようとせず、専門家の知見を借りることも重要です。
ランサムウェア対策は、一度行えば終わりではありません。サイバー攻撃の手口は常に進化し続けるため、定期的にセキュリティ体制を見直し、改善していくことが求められます。本記事が、皆様のランサムウェア対策の一助となり、安全で安定したデジタル環境の維持に貢献できれば幸いです。