AMLとKYCは、いずれもマネー・ローンダリングや金融犯罪を防ぐために重要な取り組みです。ただし、両者は同じ意味ではありません。KYCは取引を始める相手が誰なのかを確認する業務であり、AMLは取引開始後も含めて犯罪収益の移転を防ぐための対策全体を指します。
金融機関だけでなく、決済、暗号資産、不動産、貴金属などを扱う事業者では、本人確認、取引監視、疑わしい取引への対応を一体で整備する必要があります。本記事では、AMLとKYCの違い、法令上の基本的な考え方、実務で押さえるべき体制整備の進め方を解説します。
AML・KYCの基本概念と関係性
AMLが指すマネー・ローンダリング対策
AMLは、Anti-Money Launderingの略で、日本語ではマネー・ローンダリング対策と訳されます。マネー・ローンダリングとは、詐欺、窃盗、薬物犯罪などで得た資金について、出所や本当の所有者が分からないようにして、正当な資金に見せかける行為です。
AMLは、犯罪収益が自社のサービスや取引を通じて移動、保有、換金されることを防ぐための対策全体を指します。本人確認だけでなく、顧客のリスク評価、取引内容の監視、制裁対象者との照合、疑わしい取引の届出、記録保存、従業員教育などが含まれます。
KYCが担う顧客確認
KYCは、Know Your Customerの略で、顧客を知るための確認業務を意味します。主な目的は、取引相手が実在する本人または法人であるか、誰がその法人を実際に支配しているか、どのような目的で取引するのかを把握することです。
個人との取引では、氏名、住所、生年月日などの本人特定事項を確認します。法人との取引では、法人の名称や所在地に加え、代表者、事業内容、実質的支配者などを確認します。KYCは、なりすまし、架空法人、他人名義口座などが犯罪に使われることを防ぐ入口対策です。
KYCがAMLの一部とされる理由
KYCはAMLの一部です。AMLでは、犯罪収益の移転を防ぐために、取引相手と取引内容の両方を把握する必要があります。その前提となるのが、取引開始時に顧客を正しく確認するKYCです。
ただし、KYCだけでは十分ではありません。取引開始時に問題が見つからなくても、後から口座やサービスが不正利用される可能性があります。そのため、AMLではKYCに加え、取引開始後の顧客情報の更新、取引監視、制裁リスト照合、疑わしい取引の届出といった継続的な管理が求められます。
CFTとの違いと関連性
CFTは、Counter Financing of Terrorismの略で、テロ資金供与対策を指します。AMLが主に犯罪によって得られた資金の洗浄を対象とするのに対し、CFTはテロ行為を実行または支援するための資金や物資の提供を防ぐ取り組みです。
マネー・ローンダリングでは不正な資金を正当な資金に見せかけることが問題になります。一方、テロ資金供与では、資金の出所が必ずしも違法とは限りません。正当な事業収益や寄付であっても、テロ行為に使われる場合は問題となります。このため、実務ではAMLとCFTを合わせてAML/CFTと呼び、顧客確認、取引監視、制裁対象者の照合などを総合的に実施します。
AML対策が必要とされる背景
マネー・ローンダリングの仕組み
マネー・ローンダリングは、一般に3つの段階で説明されます。最初は、犯罪で得た現金や資金を金融システムや事業取引に入れるプレイスメントです。次に、複数の口座、送金、暗号資産、法人などを経由させて資金の流れを分かりにくくするレイヤリングが行われます。最後に、資金を不動産、商品、事業収益、投資などに変え、正当な資産のように使うインテグレーションへ進みます。
実際には、これらの段階が明確に分かれない場合もあります。重要なのは、資金の出所、所有者、使途を隠すために、取引が複雑化される点です。複数の名義、架空法人、海外送金、現金、暗号資産などが組み合わされると、資金の追跡は難しくなります。
犯罪収益が事業者を通じて流通するリスク
犯罪組織は、金融機関だけでなく、決済サービス、資金移動、暗号資産、貿易、不動産、古物、貴金属など、資金や資産を動かせるさまざまな事業を悪用する可能性があります。事業者が意図せず犯罪収益の受け皿や中継地点になると、犯罪組織の資金基盤を支えることになりかねません。
警察庁の公表資料によると、令和6年中のマネー・ローンダリング事犯の検挙件数は1,283件で、前年より374件増加しました。前提となる犯罪では詐欺が多く、特殊詐欺やSNSを利用した投資・ロマンス詐欺などで得られた資金が、複数口座や海外送金を通じて移転される事例が問題となっています。
金融機関以外にも広がる対応の必要性
AML対策は、銀行だけに関係するものではありません。犯罪収益移転防止法では、金融機関、暗号資産交換業者、宅地建物取引業者、貴金属等取扱事業者、士業者などを特定事業者として定め、一定の取引時確認や届出を求めています。
また、法令上の特定事業者に該当しない企業でも、取引先確認や不正利用防止の重要性は高まっています。オンライン取引、非対面契約、海外取引、現金取引などを扱う企業は、自社サービスが犯罪に悪用されるリスクを検討する必要があります。とくに、取引の相手方や資金の流れを直接確認しにくいビジネスでは、リスクに応じた確認体制が欠かせません。
対応不足による法令違反と信用低下のリスク
特定事業者が取引時確認、記録保存、疑わしい取引の届出などの義務を適切に果たさなければ、行政上の対応や処分の対象になる可能性があります。また、犯罪収益であることを知りながら受け取った場合や、資金の隠匿に関与した場合は、組織的犯罪処罰法による刑事責任を問われるおそれがあります。
法令違反に至らない場合でも、自社サービスが詐欺や資金洗浄に使われた事実が公表されれば、顧客、取引先、金融機関、投資家からの信頼を失う可能性があります。AML対策は、規制対応にとどまらず、事業継続と信用維持のための経営課題として位置付けることが重要です。
KYCにおける本人確認の業務
取引開始時に確認する主な項目
取引開始時の確認項目は、業種、取引内容、顧客の属性、法令上の義務によって異なります。犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認では、本人特定事項に加え、取引目的、職業または事業内容、法人の場合は実質的支配者を確認することが基本です。
確認の目的は、本人確認書類を受け取ること自体ではありません。顧客情報、取引目的、資金の動きに矛盾がないかを確認し、リスクの高い取引を見極めることにあります。確認した情報は、後の取引監視や定期的な顧客情報の見直しにも活用します。
個人の身元確認と本人確認
個人顧客については、氏名、住所、生年月日などを確認します。運転免許証、マイナンバーカード、在留カードなどの公的な本人確認書類が用いられます。非対面取引では、書類の画像だけでなく、本人の顔画像、ICチップ情報、公的個人認証などを活用して、なりすましの防止を図る方法があります。
本人確認書類に不自然な点がある、申告内容と取引目的が合わない、短期間に複数アカウントを作成するなどの事情がある場合は、追加確認を検討します。確認の厳格さは一律に高めるのではなく、取引のリスクに応じて決めることが実務上の基本です。
法人確認と実質的支配者の確認
法人との取引では、法人名、所在地、事業内容、代表者、取引担当者などを確認します。登記情報だけでは、法人を実際に支配している人物が分からない場合があります。そのため、法人の議決権や出資関係などを通じて、実質的に事業経営を支配している者を確認します。この人物を実質的支配者といいます。
実体のない法人や休眠法人が、犯罪収益の移転に使われる事例もあります。法人確認では、登記上の情報だけで判断せず、事業内容、所在地、ウェブサイト、取引の必要性、資金の流れなどを総合的に確認することが重要です。
取引目的と職業・事業内容の確認
取引目的の確認とは、顧客がなぜそのサービスを利用するのか、どのような取引を予定しているのかを把握することです。個人であれば資産運用、送金、決済などの目的を、法人であれば事業内容、取引先、資金用途などを確認します。
職業や事業内容の確認は、予定される取引が顧客の属性と整合しているかを判断するために必要です。たとえば、事業規模に比べて著しく高額な送金が繰り返される場合や、事業内容と関連しない海外取引が続く場合は、追加的な確認が必要になることがあります。
オンライン本人確認を活用する際の留意点
オンライン本人確認は、手続きの利便性を高める一方、偽造書類、他人の顔画像、アカウント乗っ取りなどのリスクに注意が必要です。書類の真偽確認だけでなく、本人の撮影、顔の照合、本人の操作状況、端末情報、不正アクセスの兆候などを組み合わせることが有効です。
また、本人確認を外部サービスに委託する場合でも、最終的な管理責任まで委託先に移るわけではありません。法令への対応状況、本人確認の方式、データの保管方法、不正検知の精度、障害時の対応、審査結果の確認手順などを事前に確認する必要があります。
AMLにおける継続監視と異常取引への対応
取引開始後にも確認を続ける必要性
取引時確認は、取引関係の入口における確認です。しかし、顧客の住所、職業、事業内容、株主構成、取引目的などは時間の経過とともに変化します。また、口座やサービスの利用権限が第三者へ移る不正利用も起こり得ます。
そのため、AMLでは取引開始後にも顧客情報と取引内容を継続的に確認します。開始時には低リスクと判断された顧客でも、取引パターンの変化や外部情報によってリスクが高まる場合があります。継続的な管理によって、こうした変化を早期に把握することが重要です。
顧客情報を定期的に見直す継続的顧客管理
継続的顧客管理とは、顧客情報を定期的に更新し、顧客の実態と取引内容を確認し続ける取り組みです。個人であれば住所、職業、取引目的などを、法人であれば所在地、事業内容、代表者、実質的支配者、資本関係などを見直します。
確認頻度は、すべての顧客で同じにする必要はありません。高額取引、海外取引、現金取引、複雑な法人構造、外国の重要な公的地位を有する者との関係など、リスクが高い顧客には、より頻繁で詳細な確認を行う考え方が求められます。
取引内容から不自然な動きを見つける取引監視
取引監視とは、顧客の通常の利用状況から外れた動きを見つける業務です。たとえば、口座開設直後に高額な送金を繰り返す、少額の入出金を短期間に多数行う、事業内容と関係のない送金先が多い、資金が入金後すぐに別口座へ移されるといった取引は、確認が必要になる場合があります。
ただし、取引額が大きいことだけで、直ちに不正と判断できるわけではありません。取引目的、顧客の事業規模、過去の取引履歴、取引先、国・地域、資金の原資などを踏まえ、合理的な説明ができるかを確認することが重要です。
制裁対象者や犯罪に関わる人物との照合
制裁対象者との取引を防ぐためには、顧客、取引先、送金先、実質的支配者などを、制裁リストや重要人物に関する情報と照合する必要があります。国際情勢の変化により制裁対象は更新されるため、取引開始時だけでなく、継続的に照合する仕組みが求められます。
反社会的勢力や犯罪に関わる人物との取引を避ける観点でも、公開情報を活用した確認が重要です。ただし、氏名が一致しただけで同一人物と判断することはできません。生年月日、所在地、所属、取引関係などを確認し、誤判定を防ぎながら慎重に対応します。
高リスク顧客への追加確認
高リスクと評価される顧客には、通常よりも深い確認が必要です。追加確認の対象には、外国の重要な公的地位を有する者、制裁リスクが高い国や地域と関係する顧客、複雑な法人構造を持つ顧客、取引目的や資金源が不明確な顧客などが含まれます。
追加確認では、資産・収入の状況、資金の原資、取引の背景、実質的支配者、取引先との関係などを確認します。必要に応じて、上位管理者による承認、取引頻度の引き上げ、取引制限、取引の謝絶などを検討します。
日本で求められるAML・KYC対応
犯罪収益移転防止法に基づく取引時確認
日本では、犯罪による収益の移転防止に関する法律、いわゆる犯罪収益移転防止法により、特定事業者に取引時確認が求められています。対象となる事業者は、金融機関、暗号資産交換業者、宅地建物取引業者、貴金属等取扱事業者などです。
確認事項には、本人特定事項、取引目的、職業または事業内容、法人の実質的支配者などがあります。どの取引で確認が必要になるか、どの方法で確認するかは、業種や取引の内容によって異なります。自社が特定事業者に該当するか、どの義務が適用されるかを整理することが出発点です。
リスクに応じて確認の深さを変える考え方
AML/CFTでは、リスクベース・アプローチが重視されます。これは、すべての顧客や取引に同じ負担をかけるのではなく、リスクが高い領域に重点的に人員やシステムを配分する考え方です。
リスクは、商品・サービス、取引方法、国・地域、顧客属性などから評価します。たとえば、非対面取引、海外送金、現金取引、匿名性が高い取引、複雑な法人構造などは、一般に注意を要する要素です。自社のサービス内容や顧客層を踏まえ、確認や監視の水準を設計する必要があります。
疑わしい取引を届け出る仕組み
特定事業者は、取引で受け取った財産が犯罪収益である疑いがある場合や、顧客が犯罪収益の隠匿などに関わっている疑いがある場合、行政庁へ疑わしい取引の届出を行う必要があります。届出は、犯罪の有無を事業者が確定するための制度ではありません。取引内容を踏まえて合理的な疑いがあるかを判断し、必要な情報を届け出る仕組みです。
警察庁の資料によると、令和6年の疑わしい取引の通知件数は84万9,861件でした。届出情報は分析されたうえで、警察、検察、国税当局、税関などの捜査・調査に活用されます。社内では、現場担当者が疑わしい兆候を発見した際に、コンプライアンス部門へ速やかに報告できる流れを整える必要があります。
記録の保存と社内管理の重要性
犯罪収益移転防止法では、確認記録や取引記録を作成し、原則として7年間保存することが求められています。記録保存は、法令対応だけでなく、取引の経緯を確認し、疑わしい取引を調査し、当局照会に対応するためにも重要です。
記録は保存するだけでは不十分です。顧客情報、本人確認結果、取引履歴、リスク評価、照合結果、調査記録、届出判断などを関連付け、必要なときに確認できる状態にする必要があります。データの正確性、網羅性、更新状況を定期的に点検することも重要です。
海外取引で確認したい国際的な規制動向
海外取引では、国内法に加え、相手国の規制、国際的な制裁、FATFの公表情報などを確認する必要があります。FATFは、マネー・ローンダリング対策やテロ資金供与対策に重大な課題がある国・地域について、対抗措置や厳格な顧客管理を求める声明を公表しています。
海外送金や貿易取引では、送金先、取引目的、契約内容、貨物、輸送経路、取引関係者、実質的支配者などを確認することが重要です。正当な取引であっても、説明資料が不足していると取引の遅延や金融機関からの照会につながる可能性があります。契約書、請求書、登記情報などを整理し、取引の合理性を説明できる状態にしておくことが必要です。
AML・KYC体制を整備するための実務手順
自社のサービスと取引に潜むリスクの洗い出し
体制整備の第一歩は、自社のサービス、顧客、取引方法、販売経路、国・地域ごとのリスクを洗い出すことです。現金を扱うか、非対面取引があるか、海外送金があるか、法人取引が多いか、取引額が高額かなどを確認します。
警察庁の犯罪収益移転危険度調査書、金融庁の疑わしい取引の参考事例、制裁情報などの公表資料も活用できます。ただし、公表資料をそのまま転記するだけでは十分ではありません。自社の顧客層、商品、取引量、地域特性、過去の不正事例を踏まえ、自社固有のリスクとして整理することが重要です。
本人確認・審査・監視の役割分担
AML・KYCは、一つの部署だけで完結する業務ではありません。営業、顧客対応、審査、コンプライアンス、システム、内部監査、経営層などが、それぞれの役割を担う必要があります。現場は顧客との接点で不自然な点に気付き、審査部門は取引開始時の確認を行い、コンプライアンス部門は疑わしい取引の判断や方針策定を担います。
役割が曖昧だと、確認漏れや対応遅れが生じます。誰が情報を取得し、誰がリスクを判定し、誰が取引継続・制限・届出を判断するのかを明確にします。現場から管理部門、経営層までの報告経路もあらかじめ定めておくことが重要です。
確認基準と対応手順の文書化
本人確認、法人確認、実質的支配者確認、取引監視、制裁照合、疑わしい取引の報告などについて、判断基準と手順を文書化します。基準がなければ、担当者ごとに確認の深さや判断がばらつき、対応の一貫性を保てません。
文書化する際は、通常時の手順だけでなく、確認できない場合、追加資料が必要な場合、疑わしい取引を検知した場合、取引を制限する場合などの例外対応も定めます。疑わしい取引の届出を検討していることや、届出を行ったことを顧客へ漏らさないための管理も必要です。
本人確認システムと取引監視機能の選定
システムを選定する際は、導入のしやすさや費用だけでなく、自社のリスクや業務量に合うかを確認します。本人確認では、個人確認、法人確認、書類確認、公的個人認証、顔照合、不正検知、審査支援など、必要な機能を整理します。
取引監視では、顧客属性や取引内容に応じた検知条件を設定できるか、アラート後の調査記録を残せるか、制裁リストを適切に更新できるか、顧客情報や取引データと連携できるかが重要です。システムを導入した後も、検知条件やデータの正確性を定期的に検証し、改善を続ける必要があります。
定期的な見直しと従業員教育
AML・KYC体制は、一度整備すれば終わりではありません。犯罪の手口、法令、制裁情報、顧客の取引状況、自社のサービス内容は変化します。新しい商品や取引方法を導入する際は、事前にリスクを確認し、本人確認や監視の基準を見直す必要があります。
従業員教育も継続的に実施します。顧客と直接接する担当者には、本人確認の方法、不自然な取引の兆候、社内報告の手順を理解させることが重要です。コンプライアンス部門や経営層も、最新の犯罪動向、法令改正、社内で発生した課題を共有し、体制の実効性を定期的に確認します。AMLとKYCを別々の業務として捉えるのではなく、取引開始時から継続監視、改善までを一連の管理プロセスとして運用することが重要です。










