KYCは、金融機関や決済サービス、通信サービスなどが、取引する相手が本人であることを確認するための手続きです。近年はオンラインで契約や口座開設を完結できるサービスが増え、スマートフォンを使ったeKYCも広がっています。
本人確認は利用開始時の手間に感じられることがありますが、なりすまし、不正利用、マネー・ローンダリングなどを防ぐために欠かせません。本記事では、KYCの基本的な意味、法律上の対応、主な本人確認方法、eKYCとの違いを解説します。
KYCとは顧客が本人であることを確認する手続き
KYCの意味と「Know Your Customer」の由来
KYCは「Know Your Customer」の頭文字を取った言葉で、日本語では「顧客を知る」という意味です。一般には、サービス提供者が顧客の氏名、住所、生年月日などを確認し、取引相手が誰であるかを確かめる取り組みを指します。
特に金融業界では、口座開設時の本人確認だけでなく、取引目的、職業、法人の事業内容、実質的に法人を支配する人の確認、取引内容の継続的な確認まで含めてKYCと呼ぶ場合があります。そのため、KYCの範囲は業界や事業者によって多少異なります。
本人確認で確認する主な情報
個人の本人確認では、主に氏名、住所、生年月日を確認します。犯罪による収益の移転防止に関する法律に基づく取引時確認では、これらに加えて、取引目的や職業の確認が求められる場合があります。
法人との取引では、法人の名称、本店または主たる事務所の所在地、事業内容、取引目的などを確認します。さらに、法人を実質的に支配している人や、実際に手続きを行う担当者についても確認が必要になることがあります。
身元確認と当人認証の違い
本人確認は、大きく身元確認と当人認証に分けて考えると理解しやすくなります。
身元確認は、本人確認書類などを使い、その人が実在する人物であり、申告された氏名や住所などが正しいかを確かめることです。運転免許証やマイナンバーカードなどで、氏名、住所、生年月日を確認する行為が該当します。
当人認証は、いま手続きをしている人が、その身元情報にひも付く本人かどうかを確認することです。IDとパスワード、SMS認証、顔認証、指紋認証などが用いられます。オンライン本人確認では、書類に記載された顔写真と、その場で撮影した顔写真を照合する方法が代表的です。
KYCと本人確認が同じ意味で使われる場面
日常的には、KYCと本人確認がほぼ同じ意味で使われることがあります。たとえば、口座開設や会員登録に必要な本人確認手続きを「KYC」と呼ぶケースです。
ただし、厳密には本人確認はKYCの一部と捉えられます。KYCには、本人特定事項の確認に加え、取引目的の確認、不正の兆候の確認、既存顧客情報の見直しなど、より広い顧客管理が含まれることがあります。
KYCによる本人確認が必要な理由
マネー・ローンダリングや不正利用を防ぐため
本人確認が必要な大きな理由は、マネー・ローンダリングやテロ資金供与を防ぐためです。マネー・ローンダリングとは、犯罪で得た資金の出所を隠し、正当な資金に見せかける行為です。
たとえば、架空名義や他人名義の口座を使って資金を移動させたり、犯罪収益で金融商品、不動産、貴金属などを購入して売却したりすると、資金の流れを追いにくくなります。本人確認を行うことで、取引の相手を明確にし、不正な資金移動を把握しやすくします。
なりすましによる被害から利用者を守るため
本人確認は、他人になりすまして口座やアカウントを作る行為を防ぐためにも重要です。なりすましが成功すると、本人の知らないうちに契約が締結されたり、決済サービスや口座が犯罪に使われたりするおそれがあります。
事業者が本人確認書類、顔写真、ICチップ情報などを組み合わせて確認することで、第三者による不正な登録や契約のリスクを抑えられます。
事業者が安全な取引環境を維持するため
本人確認が不十分なサービスは、不正利用者に悪用されやすくなります。不正なアカウントや口座が増えると、利用者の被害だけでなく、事業者の信用低下や対応コストの増加にもつながります。
KYCを適切に実施することで、取引相手を把握し、不自然な取引や登録情報との不一致を確認しやすくなります。安全な取引環境を維持することは、正当な利用者が安心してサービスを使うための基盤です。
法律や業界のルールを守るため
金融機関、クレジットカード会社、宅地建物取引業者、宝石・貴金属等取扱事業者など、一定の事業者には、犯罪による収益の移転防止に関する法律に基づく取引時確認などの義務が課されています。
また、携帯電話契約、古物の買い取り、年齢確認が必要なサービスなどでは、事業内容に応じた別の法律や業界ルールが関係することがあります。事業者は、自社の業種と取引内容に合った本人確認方法を選ぶ必要があります。
KYCが求められる事業者と利用シーン
銀行口座や証券口座を開設するとき
銀行口座や証券口座を開設する際には、本人確認が行われます。金融機関では、氏名、住所、生年月日だけでなく、取引目的や職業などの確認を求められることがあります。
犯罪収益移転防止法に基づく金融機関の主な対象取引には、預貯金口座の開設、貸金庫や保護預りの利用開始、融資取引などがあります。また、200万円を超える現金の受払いを伴う取引や、10万円を超える現金による振り込みなどでも、取引時確認が必要になる場合があります。
クレジットカードや決済サービスを利用するとき
クレジットカードの契約や、資金移動を伴う決済サービスの利用時にも、本人確認が実施されることがあります。これは、第三者による不正申込みや、他人名義の決済手段を使った不正利用を防ぐためです。
サービスの内容や利用限度額によっては、登録時だけでなく、利用状況に応じて追加の確認が行われることもあります。
携帯電話の契約や中古品の買い取りを行うとき
携帯電話の契約では、契約者の本人確認が必要です。携帯電話が特殊詐欺などの犯罪に悪用されることを防ぐため、契約時に本人確認書類の提示や情報確認が求められます。
中古品を買い取る古物商でも、取引相手の確認が必要となる場面があります。中古品の流通が盗品の換金経路として悪用されないよう、取引記録を残すことが求められる場合があります。
オンラインサービスやシェアリングサービスを利用するとき
オンライン上で金融取引、高額商品の売買、チケット取引、レンタル、シェアリングサービスなどを利用する場合、事業者が本人確認を実施することがあります。
法律上の義務がないサービスでも、なりすまし、未成年者の利用、不正出品、盗難品の流通、利用規約違反などを防ぐ目的で、独自に本人確認を行うことがあります。
継続的な取引で顧客情報を確認するとき
本人確認は、新規契約時に一度行えば終わりとは限りません。住所変更、法人の代表者変更、取引目的の変化、不自然な取引の発生などがあれば、事業者は顧客情報を再確認する場合があります。
金融機関では、すでに取引のある顧客に対しても、郵送、電話、店頭などで取引目的や職業、法人の実質的支配者などを確認することがあります。これは、取引内容と顧客情報に不整合がないかを確認し、犯罪利用を防ぐためです。
KYCに関わる法律と事業者に求められる対応
犯罪による収益の移転防止に関する法律とは
犯罪による収益の移転防止に関する法律は、マネー・ローンダリングやテロ資金供与を防止するための法律です。金融機関などの特定事業者に対し、一定の取引で顧客の取引時確認、確認記録や取引記録の作成・保存、疑わしい取引の届出などを求めています。
対象となる特定事業者には、銀行、証券会社、保険会社、クレジットカード事業者、ファイナンスリース事業者、宅地建物取引業者、宝石・貴金属等取扱事業者、一定の士業者などが含まれます。すべての取引が対象ではなく、業種ごとに定められた一定の取引が対象です。
取引時確認で確認する項目
個人との通常の取引では、主に以下の項目を確認します。
- 氏名、住所、生年月日などの本人特定事項
- 取引を行う目的
- 職業
法人との取引では、法人の本人特定事項に加えて、取引目的、事業内容、実質的支配者の確認が必要になる場合があります。なりすましの疑いがある取引や、マネー・ローンダリングのリスクが高い取引では、追加の確認やより厳格な方法による確認が求められます。
法人取引で確認が必要となる情報
法人との取引では、法人の名称と本店または主たる事務所の所在地を確認します。確認書類としては、登記事項証明書、印鑑登録証明書、官公庁が発行した書類などが用いられます。
加えて、法人の事業内容、取引目的、実質的支配者を確認します。実質的支配者とは、法人の議決権を一定以上保有するなど、法人の経営を実質的に支配できる立場にある人を指します。
法人の担当者が手続きを行う場合は、法人自体の確認だけでなく、担当者本人の確認と、その担当者が法人のために取引を行う権限や理由の確認も必要です。状況により、委任状などの書類を求められることがあります。
確認記録の作成と保存
特定事業者は、取引時確認を実施した場合、確認した内容や確認方法などを記録します。犯罪収益移転防止法に基づく確認記録や取引記録等は、原則として7年間保存する必要があります。
記録保存は、単に書類画像を保管するだけでは十分ではありません。いつ、誰に対して、どの方法で、どの書類または電子的な情報を用いて確認したかを説明できるよう、確認方法に応じた記録を整備することが重要です。
継続的顧客管理が必要となる理由
取引開始時には問題が見られなかった顧客でも、その後に取引内容が変化したり、登録情報が古くなったりすることがあります。そのため、顧客情報と取引内容を継続的に確認することが必要です。
たとえば、過去の取引と比べて不自然に高額な送金が続く場合や、申告された取引目的と実際の取引内容が大きく異なる場合は、追加確認が必要になることがあります。継続的な顧客管理は、初回の本人確認だけでは把握できないリスクに対応するための取り組みです。
KYCの主な本人確認方法
対面で本人確認書類を確認する方法
対面による本人確認では、窓口や店舗で本人確認書類の原本を提示してもらい、書類に記載された氏名、住所、生年月日などを確認します。顔写真付きの本人確認書類では、書類の顔写真と来店者の容貌を見比べることもあります。
代表的な書類には、運転免許証、マイナンバーカード、在留カード、特別永住者証明書などがあります。事業者や取引内容により、書類の原本提示に加え、補助書類や追加の確認を求められることがあります。
郵送を利用して本人確認する方法
非対面で本人確認を行う従来の方法として、本人確認書類の送付を受けたうえで、取引関係書類を転送不要郵便などで本人の住所へ送付する方法があります。
この方法では、本人確認書類に記載された住所で郵便物を受け取れることを確認します。オンラインで手続きを始められる利点はあるものの、書類の準備、郵送、到着確認に時間がかかるため、利用開始までの日数が延びやすい点が特徴です。
オンラインで本人確認する方法
オンライン本人確認では、スマートフォンやパソコンを使い、本人確認書類の情報、ICチップ情報、顔写真、電子証明書などを用いて確認します。郵送を使わずに手続きを完結できる方式は、一般にeKYCと呼ばれます。
ただし、オンラインで完結するからといって、すべての方式が同じ強さではありません。取引のリスク、法令上の要件、利用者が所持している書類や端末、なりすまし対策の必要性などを踏まえて方式を選ぶ必要があります。
本人確認で使われる主な書類
本人確認で利用される書類は、事業者、取引内容、対面か非対面かによって異なります。個人で使われる主な書類には、以下があります。
- マイナンバーカード
- 運転免許証
- 運転経歴証明書
- 在留カード
- 特別永住者証明書
- 旅券
- 各種福祉手帳
- 住民票の写し
- 印鑑登録証明書
- 資格確認書など
有効期限が定められた書類は、有効期限内であることが必要です。また、住民票の写しや印鑑登録証明書などは、発行から一定期間内のものに限られる場合があります。顔写真のない書類だけでは確認が完結せず、追加書類が必要になることもあります。
本人確認を行う基本的な流れ
本人確認の基本的な流れは、利用者が必要情報と書類を提出し、事業者が書類や申告内容を確認したうえで、確認結果を記録するというものです。
- 利用者が氏名、住所、生年月日、取引目的などを申告します
- 事業者が本人確認書類や電子証明書などを確認します
- 必要に応じて、顔写真照合、郵送、追加書類の提出、代理権限の確認を行います
- 事業者が確認結果を記録し、取引開始の可否を判断します
- 取引開始後も、必要に応じて情報更新や取引内容の確認を行います
確認が完了しない場合や、書類に不備がある場合は、取引やサービス利用を開始できないことがあります。
eKYCとはオンラインで完結する本人確認
eKYCとKYCの違い
eKYCは「electronic Know Your Customer」の略で、デジタル技術を使ってオンラインで行うKYCを指します。一般には、オンライン本人確認という意味で使われます。
KYCには、対面、郵送、オンラインなど複数の方法があります。eKYCは、そのうちスマートフォンやパソコンなどを使い、来店や郵送をできるだけ不要にして確認を行う方法です。
本人確認書類と顔写真を使う方式
eKYCでは、本人確認書類の画像と、その場で撮影した利用者の顔写真や動画を照合する方式があります。書類に記載された顔写真と申請者の容貌を比べることで、書類を持つ人が本人かどうかを確認します。
なりすまし対策として、顔を左右に動かす、まばたきをするなどの指示に従って撮影してもらい、静止画や録画映像の不正利用を防ぐ仕組みが採用されることがあります。また、書類の表面だけでなく、裏面や厚み、ホログラムなどを確認する場合もあります。
ただし、本人確認書類の画像と容貌画像だけを用いる方法については、偽造書類や画像生成技術への対策強化を背景に、犯罪収益移転防止法施行規則の見直しが進んでいます。特定事業者は、2027年4月1日の改正施行を見据え、利用する方式が要件に適合するかを確認する必要があります。
ICチップや公的個人認証を使う方式
ICチップを搭載した本人確認書類では、スマートフォンなどでICチップの情報を読み取り、券面情報や顔写真と照合する方法があります。ICチップ内の情報は画像だけの確認に比べて改ざんされにくく、本人確認の信頼性を高めやすい点が特徴です。
マイナンバーカードを使う場合は、公的個人認証サービスを利用する方法があります。電子証明書と暗証番号を用いて本人確認を行うため、オンラインでのなりすましや改ざんへの対策として活用されています。
2027年4月1日からは、犯罪収益移転防止法施行規則の改正により、非対面の本人確認ではICチップの読み取りや公的個人認証を活用する方式が中心となる見込みです。
eKYCで行われる不正対策
eKYCでは、本人確認書類の偽造、他人の書類の不正利用、顔写真の差し替え、ディープフェイクなどを想定した対策が必要です。主な対策には、以下のようなものがあります。
- 本人確認書類の券面情報と入力情報の照合
- ICチップ情報と券面情報の照合
- 顔写真と本人確認書類の顔写真の照合
- 動画撮影や動作指示による本人の実在性確認
- 同じ顔画像や書類画像による重複申請の検知
- 不自然な申請や不正の兆候に対する追加審査
- システム判定と担当者による目視確認の組み合わせ
不正対策は、確認の強さを上げるほど利用者の操作負担が増える可能性があります。事業者は、取引のリスクと利用者の利便性の両方を考慮して設計することが重要です。
eKYCを利用できない場合の対応
利用者が対応するスマートフォンを持っていない場合、NFC機能が使えない場合、ICチップの読み取りに失敗した場合、マイナンバーカードを所持していない場合などは、eKYCを完了できないことがあります。
このような場合に備え、事業者は対面確認、郵送による確認、原本書類の送付、転送不要郵便などの代替手段を用意する必要があります。利用者側も、サービスごとに認められている書類や代替方法が異なるため、事前に確認しておくことが大切です。
eKYCを導入・利用する際のポイント
利用者にとってのメリットと注意点
利用者にとってのeKYCのメリットは、来店や郵送が不要になりやすく、手続きを短時間で完了できる点です。受付時間に左右されず、自宅などから申請できるため、口座開設や会員登録をスムーズに進められます。
一方で、本人確認書類、顔写真、住所などの重要な個人情報を送信するため、利用するサービスが信頼できるかを確認する必要があります。公式サイトや公式アプリから手続きを始め、フィッシングサイトや不審なメッセージに注意することが重要です。
事業者にとってのメリットと注意点
事業者にとっては、郵送費、紙の保管、書類受付にかかる業務負担を削減できる可能性があります。利用者がオンラインで速やかに手続きを完了できれば、申込み途中の離脱を抑え、利用開始までの時間を短縮する効果も期待できます。
ただし、eKYCを導入すれば不正を完全に防げるわけではありません。偽造書類、画像生成、なりすましなどの手口は変化するため、確認方式、審査基準、不正検知、例外対応、問い合わせ対応を継続的に見直す必要があります。
必要な本人確認の強さに合った方式を選ぶ
本人確認方式は、サービスのリスクに応じて選ぶことが重要です。たとえば、金融取引や高額取引、継続的な決済などでは、より厳格な確認が必要になる場合があります。一方、すべてのサービスに過度に複雑な手続きを求めると、利用者の負担や途中離脱につながるおそれがあります。
事業者は、法令上の義務があるか、扱う資産や取引額はどの程度か、不正利用時の影響は大きいか、利用者が使える端末や書類は何かを整理し、適切な方式を選定する必要があります。
個人情報を安全に取り扱える体制を整える
eKYCでは、氏名、住所、生年月日、本人確認書類画像、顔画像、電子証明書に関する情報などを扱います。これらは漏えい時の影響が大きい情報であるため、厳格な安全管理が必要です。
事業者は、通信や保存データの暗号化、アクセス権限の管理、操作記録の保存、委託先の管理、従業員教育、事故発生時の対応手順などを整備する必要があります。外部の本人確認サービスを利用する場合も、個人情報の利用目的、保存期間、再委託の有無、事故時の連絡体制などを確認することが重要です。
法改正や運用ルールの変更を継続して確認する
本人確認に関わる法律や運用ルールは、不正手口や技術環境の変化に応じて見直されます。特に犯罪収益移転防止法施行規則では、2027年4月1日に本人確認方法の厳格化に関する改正が全面施行される予定です。
オンラインで本人確認を行う特定事業者は、現在使っている方式が改正後も利用できるか、ICチップ読み取りや公的個人認証への対応が必要か、対面や郵送を含む代替手段をどう整備するかを確認する必要があります。
KYCとeKYCは、単なる手続きではなく、利用者と事業者の双方を不正利用から守るための重要な仕組みです。利用者は安全な手続きへの協力を行い、事業者は法令、取引リスク、利便性、個人情報保護のバランスを踏まえて運用することが求められます。













