情シスDXが必要となる背景
運用・問い合わせ対応に追われる情シスの現状
多くの情報システム部門では、パソコンやアカウントの管理、システム障害への対応、社内からの問い合わせ、入退社時の設定変更など、日々の運用業務に多くの時間が使われています。少人数の組織では、一人が複数の役割を担うケースも珍しくありません。
この状態では、新しい仕組みの検討や業務改善の提案に時間を割きたくても、緊急対応が優先されます。結果として、担当者の負担が増え、対応品質が個人の経験や知識に左右されやすくなります。
情シスDXとは、単に新しいツールを導入することではありません。日常業務の進め方を見直し、定型的な対応を減らしながら、事業や現場の成長を支えられる体制へ変えていく取り組みです。
守りの業務と攻めの業務の違い
守りの業務とは、社内システムを安全かつ安定して使える状態に保つための業務です。たとえば、問い合わせ対応、端末管理、アカウント発行、障害対応、権限管理、セキュリティ対策などが該当します。
一方、攻めの業務は、事業の成長や現場の生産性向上に直接つながる取り組みです。業務の流れを見直す、新しいシステムの活用方法を企画する、部門間のデータ連携を進める、経営判断に必要な情報を整えるといった活動が含まれます。
守りの業務は不可欠ですが、対応が属人化し、手作業が多い状態では、攻めの業務に移る余力が生まれません。情シスDXでは、守りの業務を効率化・標準化し、より重要な業務に時間を振り向けられる状態をつくります。
情シスDXで目指す業務と組織の姿
情シスDXで目指すべき姿は、問い合わせや定型作業に追われる組織から、社内の課題を先回りして解決できる組織への転換です。そのためには、担当者が個人の経験だけで対応するのではなく、誰が対応しても一定の品質を保てる仕組みを整える必要があります。
また、情シスだけで改善を進めるのではなく、現場部門、管理部門、経営層と目的を共有することも重要です。システムの導入や運用は手段であり、最終的な目的は、事業活動を止めずに改善のスピードを高めることにあります。
ステップ1:現状の業務と課題を見える化する
情シスが担う業務を洗い出す
最初に行うべきことは、情シスが担っている業務を漏れなく洗い出すことです。日常的な問い合わせ対応だけでなく、月次・年次で発生する作業、障害時だけに発生する対応、他部門から依頼される業務も整理します。
業務を洗い出す際は、担当者、発生頻度、作業時間、利用するシステム、作業の手順、確認者を記録します。業務の全体像が見えることで、負担の大きい作業や、特定の担当者に依存している業務を判断しやすくなります。
問い合わせ件数と対応時間を把握する
問い合わせ対応は、情シスの負担を把握するうえで重要な指標です。問い合わせの件数だけでなく、内容、受付経路、初回回答までの時間、解決までの時間、同じ質問の繰り返しの有無を確認します。
たとえば、パスワード再設定やアカウント申請の方法など、同じ内容の問い合わせが多い場合は、手順の分かりにくさや案内不足が原因かもしれません。問い合わせを分類すれば、個別対応を減らせる領域を見つけられます。
属人化している業務と手作業を特定する
特定の担当者しか手順を知らない、過去の対応履歴が個人のメールに残っている、口頭でしか引き継がれていないといった状態は、属人化の兆候です。担当者の不在時に業務が止まるリスクがあるため、優先的に見直す必要があります。
また、複数のシステムに同じ内容を入力している、表計算ソフトで一覧を手作業更新している、メールで承認を集めているといった作業も確認します。手作業が必ずしも悪いわけではありませんが、件数が多い業務や間違いが許されない業務は、標準化や自動化の候補になります。
現場・経営・関連部門の課題を整理する
情シスDXの課題は、情シスだけに聞いても十分に把握できません。利用部門には、日常業務で不便に感じている点、申請や承認に時間がかかる場面、データを活用できていない業務を確認します。
経営層や企画部門には、今後の事業方針、強化したい業務、投資判断で重視する観点を聞きます。現場の困りごとと経営上の優先事項を結び付けることで、情シスDXを単なるシステム改善ではなく、経営課題の解決につなげやすくなります。
ステップ2:DXの目的と優先順位を定める
解決すべき課題を人手不足・品質・速度の観点で整理する
洗い出した課題は、人手不足、品質、速度の三つの観点で整理すると優先順位を付けやすくなります。人手不足の観点では、少人数でも維持できる運用に変えられるかを見ます。品質の観点では、対応漏れや設定ミス、情報管理上のリスクを減らせるかを確認します。
速度の観点では、申請から利用開始までの時間、問い合わせへの初回回答時間、障害復旧までの時間などを見直します。どの課題が事業や現場に与える影響が大きいかを明確にすることが重要です。
削減する業務と強化する業務を分ける
すべての業務を効率化するのではなく、削減・移管する業務と、社内で強化すべき業務を分けます。繰り返し発生し、手順が決まっている作業は、標準化や自動化、外部活用の対象にしやすい業務です。
一方で、全社のシステム方針を決める業務、業務部門との調整、重要な情報の取り扱い方針、投資効果の判断などは、社内に知見を残す必要があります。情シスの時間をどこに使うべきかを先に決めることで、施策の軸がぶれにくくなります。
効果と実現しやすさから取り組みの順番を決める
施策の優先順位は、期待できる効果と実現しやすさの両方で判断します。効果が大きくても、多くの部門調整や大規模な変更が必要な施策は、すぐに実行できない場合があります。
まずは、問い合わせの多い手続きの案内改善、申請書の電子化、手順書の整備など、比較的短期間で成果を出しやすい取り組みから始める方法が有効です。小さな改善で得た成果を次の施策に生かすことで、社内の理解と協力を得やすくなります。
経営層と共有する目標を設定する
情シスDXを継続するには、経営層と目標を共有することが欠かせません。「業務を効率化する」といった抽象的な表現ではなく、何をどのように改善するのかを明確にします。
たとえば、問い合わせ対応にかかる時間を減らす、申請から利用開始までの日数を短縮する、手作業による登録作業を減らすといった目標が考えられます。目標は、現場にとっての使いやすさと、経営にとっての事業継続性や生産性の両方につながる形で設定します。
ステップ3:定型業務を標準化・自動化する
申請・承認の流れを見直して電子化する
紙、メール、表計算ソフトを使った申請・承認は、確認漏れや進捗不明を招きやすい業務です。まずは、誰が何を申請し、誰が承認し、どの時点で情シスが対応するのかを整理します。
そのうえで、申請内容を必要最小限にし、承認経路を明確にします。電子化によって申請状況を確認しやすくなれば、依頼者からの進捗確認も減らせます。ただし、従来の複雑な流れをそのまま電子化するのではなく、不要な確認や承認がないかを先に見直すことが重要です。
問い合わせ対応を整理して自己解決を促す
問い合わせ対応を減らすには、利用者が自分で解決できる環境を整える必要があります。よくある質問、申請手順、トラブル時の初期対応を、社内で探しやすい場所にまとめます。
案内は専門用語を避け、利用者が実際に行う操作順に沿って作成します。画面の見方や注意点も分かりやすく示すことで、問い合わせ前に自己解決できるケースを増やせます。内容は一度公開して終わりではなく、実際の問い合わせ内容をもとに更新します。
手順書と対応ルールを整備する
手順書は、単なる作業説明ではなく、業務を安定して引き継ぐための基盤です。作業の目的、実施条件、具体的な手順、確認方法、問題が起きた場合の連絡先を整理します。
問い合わせ対応についても、緊急度の判断基準、回答期限の考え方、他部門へ引き継ぐ条件を決めておくと、担当者ごとの対応差を減らせます。手順書や対応ルールは、実務で使われて初めて価値を持つため、定期的に内容を見直すことが必要です。
繰り返し作業を自動化する
繰り返し発生し、判断基準が明確な作業は自動化に向いています。たとえば、定期的なデータの取りまとめ、通知の送信、申請内容に応じた情報登録、期限切れの確認などが対象になります。
ただし、自動化の前に業務手順を整理しなければ、非効率な流れをそのまま残すことになります。例外対応が多い業務や、担当者の判断が必要な業務は、すぐに自動化するのではなく、まず標準化できる範囲を見極めることが大切です。
利用状況を確認して継続的に改善する
新しい仕組みを導入しても、利用されなければ効果は出ません。申請の利用件数、問い合わせ件数の変化、手順書の閲覧状況、対応時間などを確認し、想定どおりに使われているかを見ます。
利用者から寄せられた意見も改善の材料になります。入力項目が分かりにくい、案内にたどり着けない、承認に時間がかかるといった声を拾い、運用に反映します。情シスDXは一度の導入で完結するものではなく、運用しながら改善を重ねる取り組みです。
ステップ4:外部支援を活用して情シスの負担を減らす
外部に任せやすい業務を見極める
外部支援を活用する際は、業務を丸ごと任せるのではなく、社内に残すべき業務と切り分けることが重要です。手順が明確で、一定の品質基準を設定しやすい定型業務は、外部に任せやすい領域です。
一方で、経営方針と密接に関わる判断、社内固有の業務設計、重要な権限の決定、部門間の優先順位調整などは、社内が主体となって担う必要があります。外部活用の目的は、責任を外へ移すことではなく、社内の人材をより重要な業務に集中させることです。
ヘルプデスクや運用監視を切り分ける
ヘルプデスクやシステムの監視業務は、外部支援を検討しやすい代表的な領域です。ただし、すべての問い合わせを同じように扱うのではなく、一次対応と専門的な二次対応を分ける必要があります。
たとえば、基本的な操作案内、申請方法の案内、定型的な受付は一次対応として整理できます。一方で、業務への影響判断、重大な障害対応、権限変更の最終判断などは、社内または専門担当者が対応する運用が適しています。切り分けの基準を明確にすることで、利用者をたらい回しにする事態を防げます。
外部委託でも品質を保つための管理方法
外部に業務を任せる場合でも、品質管理は社内の重要な役割です。対応件数、回答までの時間、解決までの時間、再問い合わせの件数、利用者からの意見などを定期的に確認します。
また、定例的に報告を受けるだけではなく、問い合わせ内容の傾向を共有し、改善すべき課題を話し合う場を設けます。手順書や対応ルールを共同で更新し、例外対応が発生した場合の判断方法も明確にしておくことが必要です。
情報管理と安全対策を確認する
外部支援を利用する際は、取り扱う情報の範囲と権限を慎重に決める必要があります。個人情報や社内の重要情報にアクセスする可能性がある場合は、業務上必要な範囲に権限を限定します。
情報をどこに保管するのか、作業記録をどのように残すのか、事故や不正利用が疑われた場合に誰へ連絡するのかも事前に確認します。契約面だけでなく、実際の運用ルールとして機能する状態にすることが重要です。
社内に残すべき役割を明確にする
外部活用を進めても、情シスの役割がなくなるわけではありません。むしろ、社内の情シスには、全体方針の設計、業務部門との調整、外部支援の管理、改善テーマの企画といった役割が求められます。
日常の定型対応から一定程度離れることで、情シスは利用部門の課題を把握し、システムを通じた業務改善を主導しやすくなります。外部に任せる範囲を定期的に見直し、社内に必要な知識が失われないようにすることも大切です。
ステップ5:成果を測りながら攻めの役割へ移行する
業務時間・問い合わせ件数・対応速度を指標にする
情シスDXの成果を確認するには、施策ごとに測定できる指標を設定します。代表的な指標には、定型業務にかかる時間、問い合わせ件数、初回回答までの時間、解決までの時間、申請処理に要する日数などがあります。
指標は、改善前の状態を記録したうえで比較します。数値だけで判断せず、問い合わせ件数が減った理由が自己解決の増加なのか、利用者が問い合わせを控えているだけなのかも確認する必要があります。
利用部門の満足度と業務改善効果を確認する
情シスDXの成果は、情シス内部の効率だけでは測れません。利用部門が以前よりも早く業務を進められるようになったか、申請や承認の負担が減ったか、必要な情報を取得しやすくなったかを確認します。
定期的な意見収集や簡単な満足度確認を行うと、数値だけでは見えない課題を把握できます。利用者の負担軽減と情シスの業務効率化が両立しているかを確認し、改善の優先順位を見直します。
小さく始めて成功事例を広げる
大規模な変更を一度に進めると、調整に時間がかかり、現場の負担や抵抗感も大きくなります。まずは対象業務や対象部門を限定し、効果を確認しながら進めることが現実的です。
小さな取り組みで、対応時間の短縮や作業ミスの減少といった成果が出れば、ほかの部門にも展開しやすくなります。成功した理由だけでなく、導入時に苦労した点や利用者からの意見も記録し、次の取り組みに生かします。
経営層に成果と次の投資を説明する
継続的な改善には、経営層の理解と支援が必要です。報告では、実施した内容だけでなく、業務時間、対応速度、利用者の負担、事業への影響がどのように変わったかを示します。
次の投資を提案する際は、ツールや仕組みそのものではなく、解決したい経営課題や現場課題から説明します。どの業務の負担を減らし、その結果として情シスや現場が何に時間を使えるようになるのかを明確にします。
事業成長を支える情シスの役割を強化する
定型業務の標準化、自動化、外部活用が進むと、情シスは事業部門と対話する時間を増やせます。現場の業務課題を把握し、データやシステムを活用して解決策を考える役割へ移行できます。
攻めの情シスを実現するには、技術だけでなく、業務理解、課題整理、関係部門との合意形成が必要です。日常の運用を安定させながら、事業の変化に対応できる仕組みを整えることが、情シスDXの重要な成果です。
情シスDXを成功させるために押さえるべきポイント
ツール導入を目的にしない
新しいツールを導入すること自体は、DXの目的ではありません。解決したい課題が曖昧なまま導入すると、利用されなかったり、かえって運用が複雑になったりするおそれがあります。
まずは、誰のどのような負担を減らすのか、どの業務を改善したいのかを明確にします。そのうえで、業務の見直し、標準化、自動化、外部活用などの選択肢から適した方法を選ぶことが重要です。
現場の負担と抵抗感に配慮する
業務の進め方を変える際には、利用者が新しい操作を覚える必要があります。現場にとっては、従来の方法を変えること自体が負担になる場合もあります。
導入前に目的と変更内容を分かりやすく伝え、必要な説明や支援を行います。利用者の意見を受け付ける場を用意し、実際の業務に合わない部分は柔軟に改善する姿勢が求められます。
部門横断で進める体制をつくる
情シスDXは、情シスだけで完結する取り組みではありません。業務部門、管理部門、経営層がそれぞれの立場から課題を共有し、優先順位を決める体制が必要です。
特に、業務の流れを変える施策では、利用部門の協力が欠かせません。情シスが技術面を担い、業務部門が実務面の判断を担うなど、役割を明確にして進めることで、実行しやすくなります。
一度に変えようとせず段階的に進める
情シスDXは、短期間で完了するものではありません。現状を把握し、優先順位を付け、小さな改善を積み重ねることが重要です。
まずは問い合わせ対応や申請業務など、負担が大きく改善効果を確認しやすい領域から取り組みます。その成果をもとに、対象業務や対象部門を広げていくことで、無理なく攻めの役割へ移行しやすくなります。












