サステナビリティ専門用語の乱立に伴う構造理解の必要性
近年の企業経営において、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を考慮するESGの視点は、中長期的な企業価値を評価する上で世界的な標準となっています。それに伴い、企業はESGを中心とした、サステナビリティに関する情報開示が強く求められるようになっています。
しかし、この領域の実務家や、これから知識を身につけようとするプロフェッショナルが必ず直面するのが、類似した専門用語や、次々に登場する新しい基準の存在です。
「SASB、ISSB、SSBJ、さらにはTCFDやIFRSなど、多くの言葉があって頭が整理できない」
「それぞれどのような組織が何の目的で策定した基準で、どういう関係性にあるのかが分からない」
「ニュースで基準の統合や義務化の話を聞くが、具体的にどの基準を軸に理解すればよいのか見当がつかない」
サステナビリティ情報の開示基準は、一見するとそれぞれが個別に存在しているように見えます。しかし、その背景にある経緯と構造を紐解けば、体系的に整理することが可能です。個別のキーワードを断片的に暗記しようとするから難しく感じるのであって、それぞれの正式名称と全体のつながりを把握することが、確実な理解への足がかりとなります。
本コラムでは、主要な開示基準の違いと、それらの構造的なつながりを客観的かつ分かりやすく解説します。
主要3基準の特徴を整理した比較表
まずは、最も混同しやすい「SASB」「ISSB」「SSBJ」の3つについて、それぞれの正式名称と違いを一覧にまとめました。
| 基準・組織名 | 正式名称 | 日本語名称 | 主な策定主体 | 実務上の位置づけ |
| SASB | Sustainability Accounting Standards Board | サステナビリティ会計基準ボード | 米国で設立された民間団体(現在はIFRS財団傘下へ統合) | SASB Standardsを開発した組織 |
| ISSB | International Sustainability Standards Board | 国際サステナビリティ基準ボード | IFRS財団 | 世界共通のサステナビリティ開示基準を策定 |
| SSBJ | Sustainability Standards Board of Japan | サステナビリティ基準委員会 | 財務会計基準機構(FASF)傘下 | 日本国内向けサステナビリティ開示基準を策定 |
3つのアルファベットが表す定義と基本的な役割
1. SASBとは:産業別開示基準の礎
SASBは、Sustainability Accounting Standards Board(サステナビリティ会計基準ボード)の略称であり、2011年に米国で設立された民間団体です。
同団体は、投資家が重視する財務的影響力の高い非財務情報を業種別に整理した「SASB Standards」を開発しました。現在、SASBという組織自体はIFRS財団による組織再編を経て統合されていますが、SASB Standardsは引き続き国際的な開示実務において重要な役割を果たしています。
SASB Standardsは、世界経済を11のセクター、77の産業に分類し、それぞれの業種ごとに重要なサステナビリティ課題や開示指標を提示している点が特徴です。
2. ISSBとは:世界統一の開示基準
ISSBは、International Sustainability Standards Board(国際サステナビリティ基準ボード)の略称です。
2021年、国際会計基準を管理するIFRS財団のもとで設立されました。
背景には、企業ごとに異なる開示基準が利用されていたことで、投資家が企業同士を比較しづらいという課題がありました。
ISSBは、市場で広く活用されていたSASB Standardsや、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が提唱した「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの柱を取り込み、世界共通のサステナビリティ開示基準を構築しました。
2023年には、IFRS S1およびIFRS S2を公表し、現在の国際的なサステナビリティ開示のグローバル・ベースラインとなっています。
3. SSBJとは:日本市場向けの開示基準
SSBJは、Sustainability Standards Board of Japan(サステナビリティ基準委員会)の略称です。
2022年に設立され、日本におけるサステナビリティ開示基準の策定を担っています。
SSBJは、ISSB基準との高い整合性を維持しながら、日本の法制度や開示実務に適用できる形へと整理した国内基準を開発しています。
そのため、独自のルールをゼロから作る組織というよりも、国際基準を日本市場へ適用する橋渡し役として理解すると分かりやすいでしょう。
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基準の発展における歴史的背景と構造的なつながり
ステップ1:複数基準の並立期
2010年代には、サステナビリティ情報開示に関する様々な基準が登場しました。
- SASB(投資家向け・産業別基準)
- TCFD(気候変動リスク開示フレームワーク)
- GRI(社会・環境への影響を重視する報告基準)
企業や投資家は複数基準への対応を迫られ、比較可能性の低さが課題となっていました。
ステップ2:ISSBによる国際基準の統合
こうした課題を解決するため、IFRS財団はISSBを設立しました。
ISSBは、SASB Standardsの産業別アプローチやTCFDのフレームワークを活用しながら、世界共通の開示基準を整備しました。
現在のIFRS S1・S2は、こうした既存フレームワークの知見を統合して作られています。
ステップ3:SSBJによる国内適用
ISSB基準の公表後、日本ではSSBJがその内容を踏まえた国内基準を策定しました。
これにより、国際的な比較可能性を確保しながら、日本の制度や実務との整合性を図る体制が整備されています。
つまり全体像は、
SASB Standards(産業別知見の蓄積)
↓
ISSB(世界共通基準への統合)
↓
SSBJ(日本市場への適用)
という流れで理解することができます。
日本市場における制度化の現在地
日本ではサステナビリティ情報開示の制度化が進んでいます。
SSBJ基準の公表を受け、金融庁は関連する開示制度の整備を進めており、プライム市場上場企業を中心に段階的な義務化が予定されています。
そのため、企業の経営企画、IR、財務部門においては、サステナビリティ情報開示への対応体制整備が重要な経営課題となっています。
なぜ今でもSASB Standardsが重要なのか
ISSB基準やSSBJ基準が整備された現在でも、SASB Standardsの重要性は変わっていません。
ISSB基準では、産業別のリスクや機会、開示項目を検討する際の重要な参考資料としてSASB Standardsが位置付けられています。
枠組み(開示の器)
→ ISSB基準・SSBJ基準
具体的な産業別指標(開示の中身)
→ SASB Standards
という関係で理解すると分かりやすいでしょう。
そのため、サステナビリティ開示の実務に携わる担当者にとって、SASB Standardsへの理解は依然として重要な知識となっています。
共通言語としての開示基準を実務に活かす意義
サステナビリティ情報の開示は、単なるイメージ向上施策ではなく、企業価値を測るための共通言語として定着しつつあります。
SASB Standardsが蓄積してきた産業別の知見、それを世界標準へと統合したISSB、そして日本市場への適用を担うSSBJ。
これらの違いと関係性を正しく理解することは、経営企画、IR、財務、サステナビリティ推進に携わるプロフェッショナルにとって重要なリテラシーとなります。
サステナビリティ開示への対応が本格化する中で、各基準の位置付けと構造を体系的に理解し、実務へ落とし込める人材への需要は今後さらに高まっていくでしょう。










